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Vol.69 エゾクロテンがやってきた!

2017.3.9

 昼夜を問わず、張り詰めていた寒気が緩んでくる季節。
多くの生きものも、行動を抑制し、耐え忍ぶ様子だったものが、どこか楽しげに活発に遊び始める。

エゾクロテンがやってきた。

とは言っても、日陰になる森の中にずっと留まっていればやはり寒いもので、すでに足先の感覚は無い。
しかしそれも今となっては、いつもの慣れた日課であり、痛いとかつらいとかは思わない。
森の中でモモンガを待っていた時の事だ。

果敢にモモンガを追う。

この日はいつも来てくれるお客様とご一緒で、いつか来るであろうシャッターチャンスを待ち、2日目だったかと思う。
なかなか出ないモモンガを待ち、飽き始めた頃、動く影が見え「向こうにエゾリスがいますね」「そうですね」などと、短い会話を交わした。
癖のようなものだけど、僕は視力でものを見ておらず、ものの動きから形や色を想像し、「~が居る」という判断をしている。

モモンガの表情は余裕が見てとれる。

「そうですね」とは言ったものの、ぬめぬめとした動きには違和感があった。
???と思っていると、森の端の樹上伝いに何かがびゅんびゅん跳んでくる。
モモンガが数匹、木を伝って飛んでくるのだった。

口惜しがり、舌なめずりをするテン。

被写体が小さい上に、カメラのオートフォーカスでは追えない速度、しかもこの時、僕の主力レンズは故障気味でもあった。
老朽化した高額な望遠レンズは修理代も高く、見積もりにも勇気が要るのでずっと躊躇していたのだが、後悔が頭をよぎる。
モモンガと共に移動してくる「ぬめぬめした動くもの」に合点がゆき、僕は声を上げた。
「テンです、テンが来ます!」 モモンガの群れは肉食獣のエゾクロテンに追われていたのだった。
ぴゅうぴゅうと綺麗に長く飛べるモモンガに対し、テンは跳べる樹間は跳び、小さな枝の末端からはドスンと落ち、落ちても尚雪上を走り、飛翔するモモンガに 見事に肉薄している。

テンを引きつけるモモンガ、彼らの表情は豊かだ。

小型の肉食獣の執念が垣間見え、僕も興奮し、レンズの調子は悪かったが、テンの意地が伝染したかのようにシャッターを切る。
どうやら、僕らが巣の前で待ち構えていたモモンガは、すでに外へ出ていて、テンに追われて戻って来たらしい。
巣の主のモモンガは僕たちのいる周囲の樹上で猛烈に逃げ回り、テンとの大立ち回りを見せている。
モモンガもまた、見事なものだった。

巣をかきむしるテン。
モモンガを追う雰囲気はすでに失せていたが、よほど悔しかったのだろう。

最初は直線的に逃げていたが、お互いのスピードにあまり差がないとわかると、十分にテンを自分へ引きつけてから反対側へ飛ぶ、といった芸当を見せた。
もう、こうなると飛翔性能の違いが明確に出て、テンがどれだけ頑張ろうとも徒労に終わってしまう。
猛烈な勢いで迫り、判断力を奪って捕食、というテンの戦略は最初の優位は保てたものの、その後の、モモンガの自身の利点を生かした冷静な判断が、命をかけた追いかけっこの勝敗を決めた。

森の隅々、穴という穴を調べてゆく。

しばらく攻防が続いた後、巣の反対側へ引きつけられたテンは置き去りにされ、モモンガは巣へ戻った。
巣の内部は単に穴があるわけではない。
小さな木の穴の奥は大抵木質が割れ、複雑で狭く長い通路になっていて、モモンガは自在にそこを移動する。
なので、穴を覗き込んだからと言って内部は見えないし、仮にケーブルカメラを差し込んでも居住空間を確認できることは少ない。
置き去りにされたテンはいかにも「チクショー」といった感じで悔しさを隠さず、悔し紛れに巣穴に手を突っ込み、荒く巣材をかきむしった。

キツネが流氷原を背に、陽の落ちる断崖を横切る。

この事があってから数日、僕は同じ時間帯に同じ場所へ出かけて観察を続けたが、やはり同じ状況にはならなかった。
ワイルドライフではたくさんの瞬間が通り過ぎて行くばかりで、再び同じ時間が訪れることは少なく、一瞬は永遠の唯一なのだ。

半島を染める夕陽。

夕日が綺麗なのを見て、ふと思いたち、僕は山へ登った。
僕はしばしば、冬の夜に山を登る。

羅臼岳の頭上に月が登った。

登山が好き、と言う感覚を僕は持ち合わせていないし、山を見ても単に山だな、と言う程度にしか思わないのだが、夜は違う。

周囲には僕以外、何もいない。

あまり知られることのない領域に身を置く感覚は、夢の中のようでもあり、冷え切った、堅く静かな空気の中で集中が研ぎ澄まされる。
僕は僕ではあるが、同時にテンのようでもあり、山の一部でもあり、闇夜の一部でもある。

稜線に近いアイス帯はすべてが堅く、オロシガネのようになっている。

きっと、見下ろすふもとの森の中では同じようにいきものが動いているのだろう。
高山のぴんと張り詰めた空気に、硬いアイスとカンジキの擦れる音が断続的に響き、心臓が鼓動し、身体が動き、僕は山の上を目指している。

羅臼岳山頂部手前。この場所も単に立つだけが困難なほどカリカリで滑る。
ここから先は岩のような氷が切り立ち、アイスクライミングの技術が必要になるので、今回はここまで。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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