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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.73 あめあめふれふれ。

2017.7.10

知床へ外からやってくる大部分の方々は、その日が雨である事を嘆き、僕もまた出会う人に「生憎の雨ですが‥」と、つい気を使って余計な事を言ってしまう。

しかし、僕は雨の日が好きだ。

満々と水を湛える森の沼。
水鏡に映る森の様は、地下にまでその世界がある事を思わせる。

落ちる雨粒が葉や草々に打ちつける音と、濡れた森林は植物の気配で静かに満ち、全てのものを森の色に染めてしまう。
そこが仮に普段は多くの人が訪れる場所であっても、雨の日は人の気配が無いのがまたいい。

おたまじゃくしが溢れている。

気温の低い雨と霧の多い季節、知床の森は一年で最もつやつやとした美しい様子を見せる

霧雨に濡れ、天へ両腕を伸ばすミズナラの古木。

 以前にどこかの記事で(エゾサンショウウオの回だったかな?)、雪融けの季節の山中には春先にだけ出現する池が数多く出現する、というような事を書いたと思う。
そういう池は大体規模が小さいのだが、今回取り上げるものはかなり大きく、直径は100mはあるか?というような規模である。

 

 

春から初夏ぐらいまでは溢れるほどの水を湛えていて、その後、栓を抜いたように水を減らし、無くなってしまう奇妙な沼だ。

後方の森の縁をはるかに超えて沼はあったのだが。
水が引き、小さく残された沼には広域から圧縮されておたまじゃくしが集う。

トドマツの森を通り、マダニが葉先でオイデオイデ‥と手招きをして潜む笹薮を抜けると沼へたどり着くのだが、その後は岸沿いを移動するたびに触れるヤブから、ゔわあ~っと音をたてて薄暗く蚊の群れが飛び立ち、僕に集まってくる。

まだしっぽはあるが、上陸へ備えるエゾアカガエルの子供達。

肌に取り付いた瞬間には、すでに刺している気合の入った大量の蚊の前には、虫除けスプレーの効果も薄く、さすがに顔が引きつる。

 

 

しかし、これは生命の多産性を裏付けるものでもあって、そもそもが生命であるボウフラが多く沸く場所は、それを餌にする他の多くの生命が湧いてくる魔法の沼でもあるのだ。
一斉に溶け出す雪が土中でオーバーフローを起こし、窪地で一時的に巨大な沼を作り上げる。

ポツポツと小雨が落ち、一斉に上陸が始まった。

日本のカエルやサンショウウオの大部分は、氷河期から続く雪融けの仕組みの中で、池へ卵を産み、孵化をした子供は水の減少と共に足が生え、陸地に適応し上陸を果たす、といった習性を永い年月をかけ、作り上げてきた。

僕は世界へ旅立つのだ。

ちなみに、氷河期とは地球が寒冷化した状態であるのは間違いないが、決して地球全域が冷凍庫のように永く凍り、閉ざされた状態ではない。

 

 

例えば日本列島であれば、今よりずっと雪が多く、寒い冬が到来するのは間違いないし、平均気温も劇的に下がるが四季のない状態ではなく、雪も溶けるし、寒いが春も夏もある。

雨に濡れる森で、トドマツの根が深く呼吸をする。

地球全域がもし単に凍結したのであれば、現代のように多様な生き物が地球上に残ってはいないだろう。
と、シメサバを箸でつまみながら、-20℃冷凍でアニサキスを死滅・無力化出来る事とよく似ている‥等とぼんやり考えてみたりする。

沼の跡地を優しくヒメシダが包み、息絶えて残された数多くのおたまじゃくしは藻類を育て、緑へと形を変えた。 

両生類はDNAだけではなく、氷河期の景色そのものをその身に残している、とも言えそうだ。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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