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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.81 白と青の世界にて。

2018.3.12

 知床半島を覆っていた流氷が、少しづつ岸を離れ始めた。 半島のウトロ側は地形的に流氷の吹き溜まる場所なので、氷期にはあらゆる船が航行できない。 その海が開き始め、春の訪れを告げている。

遺跡のような氷柱、剥がれ倒れた様子が時の経過を物語る。

カラスの声の他は、音も波もない世界。
(左端の雪斜面の黒点がクマ、周囲がうっすらと血液や毛で茶色く滲んでるのが確認できる)

音のない静かな海へカヤックを滑らせ、流氷の隙間を縫い、曇天のせいで、いつもより氷が青い断崖を見上げながら白と青の世界を進む。
鏡のような水面からは時折アザラシが顔を出し、こちらを眺め、見送っていた。
ゆっくりとパドルで水を押し、幾つかの岬を越えたあと、静かな海に遠くからカラスの鳴き声が薄く響いているのに気付く。
多分、この先で鹿が死んでいるはずだ。

 

少々五月蝿いご様子。

カラスの声を辿り、小さかった鳴き声は徐々に明瞭に聴こえ、カヤックは岬を回り込んだ。
不意に、カヤックからはまだかなり距離があったが、氷と雪に閉ざされた世界の端にクマを確認した。
崖から落下し、死んだであろう鹿に集まって騒いでいたのは歓喜ではなく、クマの所有となった鹿の遺骸を羨むカラスの抗議の声だったらしい。

クマは思いつきで仕掛けるものの、身軽なカラスはよくよく心得ている。

クマ「頼むからやめてくれない?」 カラス「欲しいのは肉じゃないよ」

見た感じではクマは居着いていてしばらくは変化の無い様子だったので、僕は流氷と、断崖の氷柱を眺めることを優先させた。
氷柱が剥がれ、倒れているのが何かの遺跡のようにも見える。
これをうまく写真に収められないかと四苦八苦。
「目で見たものが一番美しい」なんて言い切ってしまうのは写真家としての諦めと思うけれど‥美しい‥ね、完敗。

この湾周辺のそこかしこで硫黄泉が湧き出ている。

その後、水の音を立てないよう、カヤックをパドルで叩かないよう、注意深く静かに水を押し、進んだ。
岸沿いの流氷と、岩陰に隠れてカヤックを進めたせいか、クマはこちらの存在に気が付かないようであった。
もしかしたら、静かに海から来るものを理解できなかったのかもしれないし、冬眠明けで眠いせいかもしれない。
とにかく耐え難い眠さに支配され、ぼんやりしているのは間違いなかった。
クマはその場に、最初の発見から10日近く居座った。

掘り起こしては食べ。

背後からじっとり見つめるものの、埋められた鹿に手の出しようのないキツネの葛藤。

身体の下の雪の中には鹿が一頭埋めてあり、その上でただただ寝ている。
時折は起き上がり、何をするのかな?と期待をさせるのだが、意味も無く深い穴を掘っていたり。
冬眠明けのウォームアップなんだろうと思うけれど、駄々っ子がいつまでもグズグズし、意味の無い行為をする様子によく似ている。
もしくは、出社前の布団からの脱出か。
そしてまた所定の位置(といっても1メートルと離れてはいないのだが)に戻り、深く眠る。

カラスが巣材を頻繁に運び始め。

白と青の世界が数日で終わる。

少しづつクマが立ち上がる回数が増え、岸付近を左右に歩き始め、その距離が日に日に伸び。
冬眠明けのモラトリアムが、冬が、氷の融解と、暖かな春風の吹き込みと共に終焉してゆく。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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