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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.101 凪の日。

2019.11.20

久しぶりにアマモ場へ潜った。
知床周辺の海域は秋が深まるにつれ北風が強くなり、海は荒れ、鉛色の雲が空を覆う。こんな穏やかな天気は珍しい。
海際まで迫っている森はピークをとうに過ぎてはいるが、紅葉を燦々と未だ残していた。

久しぶりの穏やかな日、秋水に映えるアマモ。

秋水、とはよく言ったもので水はジンのように澄みわたる。
ウエットスーツに浸みる海の冷たさを感じながら、ゆっくりと足ヒレを動かし前進すると時々、急に視界がぼやけるのは、目には見えないがたくさんの地下水が山をくぐり、海底から湧き出ているのだろう。

環境に溶け込むミズダコ。

海にも紅葉が訪れているようで、アマモの群生が枯れ葉になっている所もあった。
実はアマモは「海藻」ではなく「植物」でタンポポと同じく多年草だ。
青い草も、枯れ草も、麦畑のように広がり、水面へ長く伸びた葉の途中には小さなカニがしがみついていたり、草で庭のように囲まれた空間ではチカやイワシが群れ、泳いでいたり。
生物のゆりかご、とはよく言われるけれど、正に。

草原をチカの群れが横切ってゆく。

水面まで覆う密生をかき分けかき分け、泳ぎ進むと、広々と草原が広がる。
その草原の端々のゴロタ岩にじっと目を凝らすと‥まだ距離が遠いのではっきりとは判別できないものの、タコが擬態をしているように見えた。
らしきもの、に近づきカメラを構えると、体の表面(細胞?)がメラメラと微かに動いていて、ミズダコと確認。
あまり脅かさないように、ゆっくりした動作を心がけ、カメラを構える。

普通タコは、こちらがよほど勢いよく接近したり、襲いそうな様子を見せない限り、無理に逃げる事はしないし、暫く一緒にいてこちらに敵意がない事がわかると、緊張のない行動も見せてくれる。
と、言っても飼われているネコでさえ逃げられてしまう人は居るもので、必ずそうだとは言えないけれども。
色まで同化させて石の隙間に収まっているタコにとっては、動く事は擬態を解く事になる‥ので動かないのか? 単に休息しているから動かない、のか?

タコの自撮りがなかなか上手。

僕にはタコの内心がわからないが、周りながら何枚かシャッターを切り、その度に二つのストロボが大袈裟に光った。
撮った画像を確認し、設定を変え、また構えてシャッターを押すが、動く気配はない。
この動作を繰り返して何度目かに、急にタコが立ち上がり、焦って逃げ去る様子を見せた。

そのままカメラへ被さり‥
口元に食事中だったのか、小さなカニが数匹。

ああ、去っていくのね。何か気に触る事でもしたかな?
と思い、そのまま見送るつもり‥だったが、ふと思い立ち、追跡してみようと踏み出した時。
体が動かない。
前へ進もうとするのだけど、体が動かない。
強く踏み出しているけれども、やはり動作がフワフワして動けない。
???

悠々と散策を楽しみ、

釣り糸でも引っかかっているのかな?と思い、後ろを振り返ると、逃げたタコより一回り大きなタコが僕の足をしっかりと掴んでいるのだった。
自分より大きなタコが現れたので咄嗟に逃げたらしい。
僕の足をしっかりと掴んでいるタコは、おそらく僕がウロウロし、騒がしく(シュノーケルを吹く音や、直角に潜る際の足ヒレの水叩き等。水は音がよく伝わる。)していたので気になって訪れたのだろう。
それにしても、クマの観察ではよく見る光景が海の中のタコでも見られるとは。
タコの焦った表情を思い出して、思わず笑ってしまった。

カニを見つけると足の間の幕を広げて捕獲と食事。
幕にメラメラと蛍光色が光っているのがわかる。

それぞれのタコは7~80センチ程度とさほど大きくはないが、侮ってはいけない。
僕の足をしっかりと掴むタコの手(?)をゆっくり、傷つけないようにほどく。
というのも、タコの8本の手足根元の中央にはトンビと呼ばれる硬いクチバシがあり、油断や挑発をして怒らせたりするとこれでウエットスーツを簡単に噛み切ってしまう。

アマモ場と輝く紅葉。
埋め立てや磯枯れでアマモ場は減少している。
少し調べれば環境省の分布地図などもデータを見ることができるが、全国的にほとんど残されていない。

手足を解き、向き合ってカメラを構えると、今度はカメラに手を伸ばし、掴もうとする。
自撮りをさせようかと思い、カメラをどうするのか暫く見ていると、手の先でレンズ面をしきりに探っている。
空間があるかないかを確認しているようにも見え、きっとタコツボ的なものであればこうやって入り込むのだろう。

まるで古生代の海のよう。

再び距離をとってカメラを構えると、こちらを気にするふうでもなく、小さなカニを捕まえたり、普段の生活を見せてくれた。
それにしても、なんと豊かな海だろう。

凪につられ撮影の終わりにカヤックを出し、秋の海を楽しんだ、その翌日。

子供の頃、本や図鑑で見たこともない三葉虫やアンモナイトに思いを馳せ、オウム貝は水族館で見入ったが。
古生代かと見まごうような美しい海が、こんな身近にあるなんて。

海は荒れ、季節は振り返る事なく進んでゆく。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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