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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.86 もっと田舎へ。

2018.8.16

 知床に住み着いて長くなってきた。
先々をどのように暮らして過ごす、といったようなライフプランを持たないまま気がつけば結構な時間が経っている。
町を囲む森にちょっと入れば生き物はいるし、豊かな自然に囲まれている生活も気に入っている。
それでも住み始めた当初から折に触れ、呟いてきた言葉がある。
「もっと田舎に住みたいナァ」
なんとなしに言ってみたり、呟いてきたのだが、その言葉の異常性にある日気がついてしまった。

夏は巣立って間もないエゾフクロウを良く見かける。

都会の人に対して、僕がもし「もっと田舎に‥」なんて語ったら、きっと「冗談のわかるやつだ」と思われてしまうに違いないだろう。
なんせ、町中といえどもキツネは普通にいるし、クマだって時々闊歩している。
(先日は半島の羅臼町で住民に飼われていた山羊や犬がクマに襲われている。)
そもそも、知床はアイヌ語の「シリエトク」。
地の果てる場所とか、行き止まりを意味した言葉だ。
普通に考えて、僕が住むこの町よりも田舎なんてあるわけがない。

羽根を整えるフクロウと、それを見上げるフクロウ。立ち姿が人っぽい。

今年に入り、賃貸物件があるらしいという情報を人伝てに聞いた。
小規模な町なので、人口的にも物件は少なく「空いている所へ住む」のが普通で、選択肢はほとんどない。
最初はうわさ話程度に捉えていたが(田舎ではそういった曖昧な話はよく出回る)どうやら確度の高い話らしい、ということがわかり、すぐにまた人伝てに大家さんへ打診をしてもらい、下見までこぎつけた。
数年前まで農家を営んでいたらしいが、なかなか立派な家だった。

細い架線の上で、不安定にバランスを取るのが楽しいらしい。

水道は地下水(といっても普通の蛇口だ)を引いているので水道料はかからないし、何より天然水は水槽撮影のための生物飼育にはこの上なく理想的だ。
その気になれば風呂の浴槽でヤマメだって飼えてしまう。
各部屋の窓を開け、桟を見るとカメムシの死骸が累々と干涸らびて隠れていたが、これはホウキで掃くか掃除機で吸い込んでしまえば無かった事にできるだろう。
町の中心部からは6キロほども離れ、最後の集落を通り、周辺3キロに全く人は暮らしていない。
冬の大雪の日などはすぐに孤立化するのは想像に難くない。
大いに気に入り、即決した。

それぞれが良く遊ぶ。

「そこへ引っ越そうと思っているんです‥」と、これまで住み続けてきた家の大家さんへ伝えると「体調を崩すんじゃないぞ‥」とシンプルに気の毒そうに言われ、何人かの友人にも全く同じ事を言われ。
言葉の裏には「あんな僻地に住んで何かあったら死んでしまうぞ‥」と忠告や、わが身を重ねた心配が隠されているのだった。
派出所へ、免許の住所変更に行った時などは駐在さんに「この住所を知っていますか?」と問うと「その辺りは不法投棄の摘発で行った事があります」との返事があった。

兄弟か?兄妹か?姉妹か? 性別は判然としない。

元々、実家や親戚の家が僻地だった事もあり、そういった暮らしには慣れている。
何の違和感もなく新居での生活が始まったが、今までとは違うイベントが次々に起きた。
家の真横の藪で時折パキパキと音が聞こえ、姿は見えないが確実にクマがいる。
何かしら悪さをするのでなければ騒ぐほどの事でもないだろう‥と放置していたら、ある日、至近で銃声が聞こえた。
横、ではなく家の前の麦畑に大きなクマが居て、麦を食べていたという。しかも銃弾は命中せずにかすめ、クマは逃げたらしい。
そういった報告を聞いて「クマも肝を冷やして気の毒に‥」と思ったが、家の横にいるものとは別個体のようだ。

思いつくままに戯れる。

それからしばらくして、ブキャッ、ブキャッ、と妙な声が毎晩響くようになった。
最初はなんかのトリだろう? 程度に思っていたのだが。
毎晩絶えずに聞こえ、さすがに気になりライトで照らしてみると、エゾフクロウが並んで4羽、庭の電柱に留まっている。
例の音は、巣立った幼フクロウが、近くにいる親鳥に餌をねだっている声だった。
せっかくだから、と思い撮影をしていると、相変わらず家の横の暗がりからはパキパキと小枝が折れる音がする。
今更ながらぼんやりと「田舎に来てしまった」と思い、シャッター音を重ねた。

天の河の下、庭の木に流星とフクロウが飛んだ。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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