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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.103 トドの間柄問題

2020.1.23

雪の無い冬。
経験上、こんな冬は初めてだ。
元々、真面目にこつこつ雪かきをする性格でもなく、いつも深雪の中、車の轍を何度も重ねて家への道を作るくらいのズボラさ加減だが、庭の全ての範囲をタイヤでは踏めないので、流石に全く雪かきをしないという訳にはいかない。
それが今の所、一度もせずに済んでいる。
年が明けた二週目、所用で知床から道南までの広範囲を北側と南側で2000キロ弱を往復した。

左下から時計回りに、僕の主観判定で。
オス? 、オス?、 オス?、 メス?、子供(背部)1歳?、オス(リーダー)
若年メス?とその子2歳未満(もしくはいとこの姪か甥)?、1歳? とそれを枕にする他人のオス?、メス?とその子1歳?、誰かの尻。と思うのだけど、全く自信はない。 

うたた寝のオス‥か?

道中に全く雪はなく、スノータイヤの溝は硬いアスファルトのせいで砥石に当てたようにみるみる磨り減り、最も標高の高い大雪山周辺においても路面に雪はなかった。
ここ数年「雪が少ない」「冬らしくない」を連載の中で連呼し、自分の語彙の無さに嫌気が差し始めていたのだが、よもや雪がなくなる方向への変化を書く時代になろうとは。
グレタさんでなくとも、恐ろしさと不安を叫びたくなる状況だろうと思う。
出発する以前から連日ライブカメラで各地の積雪状況を見ていたが、どこも乾燥路面がむき出しで雪はほとんどなかった。

手前中央から時計回りで。
メス?、メ‥スなのか?、オスリーダー、メス? 1歳?

両方オスっぽいけど、こんなメスも居るような‥

しかし、予定に押され観念して出発すると、運良く行き着く先々で割合まとまった通り雨(?)のような降雪があり、それなりに絵になる状況に身を置くことができた。
経年のリポート、という意味では環境の変化をそのままに記録することが大事だが、それ以前に写真家なので絵になる写真を撮りたい欲があり、季節に準じた雰囲気は欲しい。
いつもより運転が楽な道のりを進み、緊張感の無さから度々眠くなり、そのまま停滞、数時間睡眠‥を繰り返して目的地の一つに着いた頃にはゆうに14時間を経過していた。
装備を整え、いつもの山へ向かい歩き始めたが、今回は初めてカンジキを使わなかった。
本来、雪の多寡に関わらず、ほとんどの場合で降雪期にはカンジキを使ったほうが楽だ。
なぜなら歩を進める踏み込みの際に、体重と反発を受けた足が雪に沈み、体軸が返され、推進力のロスが出て、それが体力の浪費に繋がる。

こうやって子煩悩的に遊びに付き合っているところはメスに見えるが‥
オス‥なのか? ダメだ、わからなくなってきた‥が、こんなお父さんは素敵。

遊びたい盛りの子供が少々やんちゃでも。

そのため、カンジキの広い面積で圧雪し、浮力を得、大抵裏には爪が付いていて極力「押し戻し」を無くすような設計が施されている。
しかし、足を着いた際に容易に雪層を破って地面に達してしまう状況では、地面の反発と接地力の方が何倍も大きいので靴のまま歩いた方が楽になる。
硬い地面を足裏に感じ、歩を進めると浅い雪面にはシカやウサギ、タヌキ、キツネ、ネズミ等の足跡が幾つか残されていた。
哺乳類にとっては暖かい方が暮らしやすいとは思う。
それは自分を振り返っても強く実感する事で、寒くなく、雪がない事がこれほどまでに体力や経済、時間での負担が軽くなるなど予想もしなかった(何せ初めて)。
けれども、個人的には良い事ずくめ‥でもなく、山野への渇望が減ってしまっている気がする。
雪景色には何かしらの幻想が潜んでいると思うし、そもそも山野の大部分を占める深い藪は雪が覆ってしまった方が移動が楽だ。
大変だけれども楽しくなってしまう雪は、野の生き物にとってはどんな感じなのだろう?

本気で怒るふうでもない。

手前がメス、メス、奥がオス?  

 いつもの通りに山を越え、断崖へ近付くと強い獣臭と、「ヴェー 、ヴェー」と唸り声が漂い始めた。
荷物を置き、一息ついた後、ザイルを結びアイゼンを付け、壁を降りる。
実はこれをこうして‥みたいな撮影目標がずっと何年も前からあるのだが、達成する事が未だに出来ていない。
連続で時間をかける事が出来ればさほど難しい事ではないと思うけれど、この時期にほんの数日しか時間が取れないので、試みと実証、技術の確立が毎年僅かしか進まない。
もっとも、それができたからといって、どれほど効果的に写真に反映できるかもわからず、ただの無駄骨かもしれないのだけど。
「今年の分」みたいなところまで試行して、観察と撮影に入る。

横目でそれとなく子供を見守っている様子はお父さん的。

今回、浮かんだ疑問はこの一枚から。
別の岩場に一頭で佇んでいたのだが、急に海へ入り、浮かんで群れを眺め始め。

今更で恥ずかしい限りなのだが、僕にはトドの性別が良くわからない。
と言っても額ががっしりしていて大きいのはオス、小さいのはメス、くらいの基本的な事は流石にわかる。
そして世の中にある数多の図鑑や、ネットでの情報も僕の見解と大体似た大雑把さで、細かく多くを比較考察できるような記述やデータ類は僕の知るうる範囲では存在しない。
しかし世の中は大雑把な分類では判断のつきにくいものが結構あり、ある程度資料や経験で数をこなさないと迷う事は多い。
例えば、これがエゾシカならオスメスを間違える事はまずないだろう。
ツノがあればオスであり、春先にツノが落ちても落ちた跡が頭部にあるからだ。

再上陸し、他の群れへ擦り寄り。
この際、群れの右奥が接近をとても嫌がっているような態度に見える。
もしかして、後方の三頭全てがメス‥だったのか?

どう見ても怒りの猛烈抗議と説教。

しかし、ツノやツノ跡、頭部が見えない位置で性別判定を試みたら夏毛の時期では間違えるかもしれない。
ヒグマはどうか?
これは結構間違える。
大体の場合は印象で判断ができても、撃ち取って性別確認を都度できる訳もなく、生殖器を確認できない以上、証明は不可能だ。
仲間うちではオスのクマを見た、とかメスのクマが居ました、等の会話が普通に飛び交うけれども、大体は身体や手のひらの大きさ、見た際の印象が目安になっている。
しかし、泥池であれば手形は広がるものだし、正誤判定での正答率テストを誰かが受けた事がある訳でもない。
「メスのクマがいました」という場合は小さな印象のクマがいた場合であり、「オスのクマを見ました」は大柄なクマを見た、という意味に僕の中で変換されている。
実際にはオスのような体格と迫力のメス、メスのような華奢なオスも普遍的にいる。
という訳で、生物の正確な判定には幾つかの根拠と「決め手」が必要になってくる。

猛抗議を前に、すごすごと接近を諦め、他の岩場に独りで上陸した際にオスと判明。
そういうことだったのか‥と思ったが、疑念は深まるばかり‥。 

僕がトドの性別をうまく見極められないのはもう一つ理由があって。
おそらくオスであろう大きなトドに、何頭かの幼いトド子(もしくは若い娘にモテモテなのか?)達が川の字に、大トドを枕のように頭や上半身を寄せ、鯉のぼり状態で楽しそうに泳いでいるのを僕は何度も目撃している。
大トドもまんざらではないような、鼻歌でも歌いたげな楽しそうな表情で付き合っているのを見ると、それが愛情の深い大きな母親のように見えてしまうからだ。
けれども体格的にはオス‥うーん。リーダーオストドは愛情深いのかもしれない。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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