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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.84 たっだいま~ 

2018.6.14

 オホーツク・知床の初夏は暑い日は30℃を超え、寒い日は8℃くらいにまで下がり、時には霜注意報まで発表され、そんな日が混ぜ混ぜに過ぎてゆく。
日本の南端では梅雨に入る地域もあり、前線の影響を受け、知床にも雨はよく降る。
めまぐるしく変わる日々の中でも、いきものたちは、楽しんで前向きに過ごしている(はず)。

オスが手頃なアイナメを獲ってきた。
ヒナに比べると随分と迫力のあるご両親。

僕自身も外で過ごす時には何かと前向きに考え、意識的に気持ちを調整をしている。
読者の方はもうご存知と思うが、雨であろうと嵐であろうと、いきものたちの生活は自然の中にある。
自然現象に対していちいち不快感を持ったり、日常的に悲しくなっていては彼らの生活が成り立たない。

オスはあまり長くは滞在せず、すぐに飛び立つ。
何処かの国のサラリーマンのよう。

僕は撮影の他にガイド業もこなしているが、雨の日にお客さんをお迎えする際に「あいにくの雨ですが‥」とは言わない。
雨の日でなければ見れないものもあるし、雨の日ならではの雰囲気もあるからだ。
過ごし方を考えたり、相応の道具を用意し、使い方を心得れば何の不自由もない。
人のいないしっとりとした森を歩き、いきものを眺め、独占する心地は広い領地を持った特権階級のような感覚がある。
普段はあまり見かけない、鮮やかなアマガエルが森の端々に観察できるのも、また嬉しい。
晴れの日のままの、身なりや考え方で雨の日に臨めば不快なのは当たり前で、野外での過ごし方の大事な点は、可能な限り不快な要素を取り去る、に尽きると思う。

「お父さんが獲ってきてくれたアイナメをどう料理しようか?」
と考えているあたりは人間っぽくもある。

湿気の多い日は、偽装し、動かない僕の周りをブユやヌカカ(極小のハエのような吸血虫)が飛び回り、隙あらば刺すのでわずかに露出した顔も手もボコボコになる。
周りをじっと見渡すと、自分を中心にマダニが地面を這い、寄ってくるのがわかる。
あちこちへ赴き、ドタバタと撮影を始めた最初の頃は経験値の低さから蚊の類には辟易したものだが、今はそんな不快な虫に対して友達のような感覚さえある。
長靴やズボンを這ってくるマダニをつまんでは「あまりしつこいと潰しちゃうぞ」と呟いて指で遠くに弾いたり、顔を覆う防虫ネットの外でぶんぶん飛び回るヌカカには「ほれほれ刺したいだろう?」と、フッと息を吹きかけて(人の吐く二酸化炭素に寄ってくるらしい)みたりする。
おまけに僕の周囲にはツタウルシがびっしり繁茂し、肌に触れるとやはりかぶれる。
こんな状況下でもたまらなく楽しい。

丁寧にさばき、綺麗な白身をヒナへ与える。

三脚に固定したカメラのファインダーを覗くと、レンズの中で大きく拡大されたワシの親子の周辺にも、やはりハエ、蚊、ヌカカが飛んでいる。
時々辟易したような表情を見せては、えいやっと軽くクチバシで追い払ったりしている。僕と同じだ。
雨の日も、晴れの日も、時間を見つけてはオジロワシの巣を観察に行く。

雨の日。冷えないようにヒナを胸の下に隠し「雨止んだ?」と一緒に空を見上げ。

ヒナが小さいうちは頻繁に餌を運んでいたオスのオジロワシも、ヒナの成長とともに巣へ戻る回数が減り(近くには佇んでいる)、子供を残し、母親自らの狩りが主になる。
とは言っても巣とヒナの防御を怠るわけではなく、ワシ類特有の広い視界と、すぐに戻れる飛翔範囲の中で行動し、常に監視はしている。
もし、カラスが巣にちょっかいでも出せば、カラスの命はないだろう。

どんよりした暑い日は、母子共に少し離れ、風通しの良い過ごし方をする。
ヒナが身を伸ばし、巣の中で大の字?で寝転んでいるのがなんだか可笑しい。

よく晴れた、緩やかな上昇気流が心地の良いある日、母親が立派なカジカを掴んで帰ってきた。
「ただいま~」「おかえり~」そんな雰囲気。
ヒナは幾分成長し、保温性の高い白い産毛が抜け、黒い羽毛に生え変わり始めている。人間で言えば中学生くらいか?
何者であれ、生きる事は生半可ではないし、厳しいたくさんの現実もある。

お母さんが立派なカジカを獲って帰ってきた、美しい一瞬。

常に変化は続いていて、それぞれに対応も迫られ、だからこそ早くに生活に慣れ、方法を学び、好む、好まないに関わらず自身も変化を続け、たまにはひどく悲しい事だってきっとある。
しかし、生半可ではない何もかもを忘れさせるほど、「たっだいま~」の瞬間が、ただただ揺るぎのない美しさに満ちているように、僕の記憶には刻まれている。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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