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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.65 凍てつく秋。

2016.11.11

5℃に届かない、極端に寒い日が続く。 「立冬だから」と言っても、寒気の入り方や早すぎる雪の降り方が昨年までと異次元だ。
ここ数年の不安定な気候のせいか、サケも全く獲れず、市場では高値で取引されている。
昨年まではサケが獲れない年は、代わりにイカが獲れていた。
これは海水温の高低に由来するのだけど、今年はそのイカもおらず、獲るべき魚がいない。

森の端々に冷気が満ちる。

森の端々に冷気が満ちる。

実はついさっき近くのラーメン屋で食事を済ませてきたばかりなのだが、漁師らしい方が集まったテーブルでサケの不良について話題になっていた。
自然と耳に入ってくる海の男たちの大きな声を聞きながら、サケが獲れなくなったらサケ漁と観光が中心のここの生活や経済はどうなるんだろうか‥と箸を動かしながら、ぼんやり考えが巡った。
店内のTVでは、アメリカの大統領にトランプ氏が当選したと騒がしく言っている。

積まれたクルミの殻。

積まれたクルミの殻。

 去年の同じ時期は、もっと暖かかった。
しかし、ドングリは大凶作でどの動物も苦労をしていた。
開き直ったクマが畑でニンジンを食べたり、ヤチネズミなんかは全く姿を見なく(多分死に絶えたのだろう)なってしまったぐらいだから、不作の影響の大きさがわかるというものだ。

ぷくぷくしたエゾリスは幾つものクルミを食べ続け、しばらくその場を動かなかった。

ぷくぷくしたエゾリスは幾つものクルミを食べ続け、しばらくその場を動かなかった。

今年はドングリが昨年よりは多く、ヒグマなんかは下半身がぷくぷくし、畑には出ていないので少しは余裕があるように見える。
しかし知床ではここ数年、エゾシカを大量に駆除していて数が減っているわけだから、食べられていないもっと沢山のドングリが落ちていてもいいかと思う。
もしかしたら、減ったエゾシカの食い扶持がクマに渡っただけなのかもしれない。

顔に付いた、殻の屑をぐしぐし拭う。

顔に付いた、殻の屑をぐしぐし拭う。

雨交じりの雪や、急激な寒さですでに弱っているものもいるし、寒い期間が一ヶ月も伸びると、冬本番に息絶えるエゾシカも多分増えるだろう。
シカは環境に左右されやすく捕食される側の生きものだけど、数々の受難による動物界の道化っぽい同情と哀れみからか、僕は彼らの事が滅法好きで、常に気がかりな存在だ。

 

5

 

午後を過ぎ、鉛色の海から強い北風が止まり、森が静まり返った。
森にゲジゲジゲジゲジ‥とかすかな音が響き「ああ、あいつか‥」と音源へ向かう。
案の定、木ネズミ(エゾリス)がクルミを囓っていた。
硬い殻を齧りながら実を2~3回転させると、あっさりと実が割れ、露わになった柔らかな中身を平らげてしまう。
クルミ1粒のカロリーは約6gで40Kcal‥何気に凄い熱量だ。

口いっぱいの巣材。

口いっぱいの巣材。

ふくよかに見えるのは冬毛のせいだけではなかったのね‥。
少し余所見をしているうちに、ゲジゲジゲジ‥と響く音が途絶え、今度はカリカリカリ‥と樹皮に鋭い爪を立てて移動をする音が響き始めた。
木の裏側から回り込んできた木ネズミの姿を見つけると、樹皮をほぐしたようなものを口いっぱいにくわえている。
保温の巣材だろうか? 自分が過ごす場所を冬仕様に変えているのかもしれない。
食べる事も、生活の作業も、絶え間無く続けていて忙しそうだ。

渡河するエゾシカ。 今の時期、水温は5度程度、見ているだけでぞくぞくする。 素足は厳しい‥と思うのだがシカ的にはどうか?

渡河するエゾシカ。
今の時期、水温は5度程度、見ているだけでぞくぞくする。
素足は厳しい‥と思うのだがシカ的にはどうか?

晩秋からは知床での一日は短く、昼を過ぎるとあっというまに陽が落ちて終わってしまう。
何しろ3時半には暗くなり始める。
「山で夕陽を見るな」は山の人やマタギに伝えられる教えで、山中では陽が陰ると暗闇がすぐに訪れ、遭難の危険が高くなる。
空が染まり始め、少し遅いぐらいだが山を降りる。

時折、雨交じりの雪が降り、溶け、その後の低い気温がシカの体力を奪う。 何があったのか、この立派なオスジカは片目を痛めているようだ。

時折、雨交じりの雪が降り、溶け、その後の低い気温がシカの体力を奪う。
何があったのか、この立派なオスジカは片目を痛めているようだ。

歩を進めるごとに足の先にじわじわとした感覚を覚え、身体がだいぶ冷えていたらしいのを今更のように思い出す。
雨や晴れなどの気象を問わず、長く野外で過ごしていると苦痛に鈍くなり、あまり辛さを考えなくなる。
何かに集中しているとそんなものかもしれないし、野生動物も似たような感覚なのかもしれない。

1日の終わり。 ほのかに暖かな余韻を残し、陽が沈んでゆく。

1日の終わり。
ほのかに暖かな余韻を残し、陽が沈んでゆく。

先の冬からの酷い天候不順と、多いとは言えない木の実、ここの所減っている生きものや、同時不漁のサケやイカ。
以前であれば何の心配もせず日々を過ごす事ができたのだが、今は先を考えると杞憂ばかりが胸に溜まる。
冷えた身体の、じわじわする末端の感覚と、遅れている原稿の事を考えながら町外れのラーメン屋へ向かった。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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