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Vol.76 ヤマの使い、ヤマドリ。

2017.10.8

 枯れたイタドリのヤブをくぐり抜ける。
22センチの靴には冷たい泥が付着し、うっすらと煤けたジャンパー越しに肌寒さを感じる晩秋、野外で遊んでいると、「ケーン、ケーン」とキジの鳴き声がニンジン畑や、干上がった田んぼに響き渡る。
だいぶ後で知ったのだが、本来キジは北海道には在来しておらず、コウライキジという移入種だったらしいが、定着していたようでごく普通に見かけた。
家に帰り、家族に「キジを見たよ」と言う話をすると、いつの間にかヤマドリ、という鳥の話にすり変わってしまったりする。
ヤマドリの呼称は北海道ではエゾライチョウを指す。

森に溶け、隠れる僕をヤマドリ(エゾライチョウ)が覗き込む。
逆光に輝く頭頂の飾り羽根。 

しかし、エゾライチョウの生息していない本州には、キジによく似た「ヤマドリ」が生息しているし、本家のライチョウも新潟・山形県境の朝日岳を中心に生息していたりで話がややこしい。
祖母が畑作業の途中でキジの子供を数羽連れ帰ってきたことがあるが(昔は生き物は子供のおもちゃだった)、あれもキジだったのか、ヤマドリだったのか、家族間で混ぜ混ぜに語るのでよくわからなかった。
そのせいで、僕はしばらくキジもエゾライチョウもヤマドリも、ヤマバトもキジバトもドバトも皆一緒くたに思っていたほどだ。
おそらく、読者の皆さんもすでに混乱していると思う。

ヤマドリの棲む美しき森。

整理をすると。
エゾライチョウ→北海道での呼び名はヤマドリ。
キジバトは自然分布している野生のハトで、別名をヤマバト。
ドバトはカワラバトと呼ばれ、都市で良く見かけるハトを指す。
本州にはヤマドリ、という形も大きさもキジに良く似た鳥が生息している(実はこの本州の「ヤマドリ」も全道で放鳥されて一部で定着しているとか‥うーむ、ややこしい)。
本州の高山帯にはライチョウ(雷鳥)が生息している。
キジは本州に生息する国鳥のキジと、移入種のコウライキジの二種がいる。

樹葉の密生した梢で身を守り、眠る。

 ヤマドリ(以下、エゾライチョウを指す)の話が出るときは大抵、祖母か父が中心だった。
内容は食べる‥的な内容だったような気がするけれど、何せ記憶が薄く、
「~きっとそれはヤマドリだべ? んだ、んだ。」(きっとそれはヤマドリだったんだろう? きっとそうだ。)といったやりとりの感じしか覚えていない。
当時の山で暮らす人の習慣なのか、これはこれ、あれはあれ、といった学術的な区別や分類を明確にしないで話を進めたりする。
なので「山で茶色っぽいトリを見た」と言うと全て、それはヤマドリだろう、といった結果になってしまう。
聞き手、話し手の経験値が前提の会話になるので、子供の僕にはかなり難解であった。

 

 

実は、ヤマドリは大正時代には北海道から欧米へ大量に食用として輸出していたらしいし、クリスマスに七面鳥を食べる習慣も、以前はライチョウを主に使っていたのだとか。
それだけ獲れるということはふんだんに生息していたはずで、祖母や父にも偏って身近な鳥だったのは頷ける話だ。
前にどこかの記事で書いたのだが「昔はキツネなんかいなかった」と語った父の発言は、キツネの毛皮に価値があった時代を振り返ったものだ。
狩猟圧により、キツネの数が抑制されていた昔には、天敵のいないヤマドリには増えやすい環境だったのかもしれない。

手前がメス、奥がオス、つがいでの散歩。
オスの体が大きく見えるのは、僕への威嚇なんだろうか?
残念ながら僕は鳥とメスを奪い合うつもりはないし、大きな体はむしろ美味しそうに見えてしまう。

感覚的な事だが、僕は「ヤマ」の付く呼称には、説明のできない神々しさを感じている。
例えばミヤマクワガタ(深山鍬形)、ヤマドリ(山鳥)、ヤマバト(山鳩)、ヤマネコ(山猫)、ヤマアリ(山蟻)、ヤマイヌ(山犬)、ヤマカガシ(山棟蛇)、
ヤマユリ(山百合)、ヤマイモ(山芋)、ヤマオク(山奥)‥
山(ヤマ)は今、自分が居る場所を指さない。
「ここ」ではない「どこかの知られざる場所」だ。

メスとオスの違いは喉元の色。

ヤマは「曖昧なもの」が様々な形で秘匿される場で、決して明かされない神秘性を伴っている。
とっくに亡くなっているが、弘前市出身の祖母はヤマネコの話を情感たっぷりによく話してくれた。
山仕事の時にヤマネコがぎゃあぎゃあ鳴いてどうのこうの‥といった内容だ。
具体的には覚えていないものの、語りは薄暗くなりつつある、周囲の森の威圧感と得体の知れない動物の鳴き声‥ヤマの畏怖を伝える様子であった。
おそらく過去に実際に彼女が経験し、紡ぎ出される語りで、感じたままに話すから引き込まれるほどの臨場感があったのだと思う。
結論から言うと、ヤマネコは日本には対馬に生息するツシマヤマネコと、西表島に生息するイリオモテヤマネコの二種しかおらず、弘前市や東北地方には当然いるわけがない。

シウリザクラの実をついばみにやってきた。

しかし彼女の様子からは「ヤマネコ」と称される(野生化したネコか、何かしらの)動物がいる、といった普遍的な認知はあったようで、
東北の作家、宮沢賢治も「どんぐりとヤマネコ」といったタイトルの童話作品を書いていて、これは初出が1924(大正13年)だ。
イリオモテヤマネコが「発見」されたのはもっと後になる1965年だし、対馬においては200年以上前から山仕事に携わる島民は知っていたらしいが、離島でもあり、全国規模の周知は当然無い。
宮沢賢治の生家は岩手であり、当時の東北においても山にはヤマネコがいる、といった認識が普通(実際にはいないが、迷信として)だった可能性が高いように思う。

ピー!と高い鳴き声が、色付き始めた知床の森に響き渡る。

北海道と本州では(田舎と都会、と言ってもいい)世代間の感覚が30年から50年ほどズレる感じがあり、北海道はつい最近まで開拓期の名残を引きずっていた。
そんな祖母や父、母の世代にとってヤマは遠い神秘の異世界で、自分たちは永遠に辿り着けない核心部のふもとで生活をしている、といった感覚を代々無意識に受け継いできたようだ。
僕が山に神々しさを感じるのは、彼らの世界観を僕も引き継いだ証であるだろうし、ヤマドリはその世界「ヤマ」の狭間のいきものだ。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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