日本全国の動物園と水族館をつなぐ情報誌、「どうぶつのくに」「どうぶつえんとすいぞくかん」公式Webサイト

どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.63 無垢の原生湖にて。

2016.9.8

 「皆さんはお気づきになられただろうか‥
今回ご紹介のニホンザリガニは、今まで過去に紹介したニホンザリガニ、または瑠璃色のニホンザリガニと同じ種類なのです‥」
‥僕が何を言いたいのか、全くわからない読者の方は正常な感覚だと思います‥。

水中に封印された古木にニホンザリガニ。

水中に封印された古木にニホンザリガニ。

実はこのザリガニ、湖に生息するニホンザリガニです。
各種資料や聞き取りでは90年代初期までは北海道内の多くの湖にニホンザリガニが生息していたのですが、今ではほとんどの場所で生息が絶えてしまいました。
僕は1975年生まれなのでザリガニがいなくなった時期だと15才頃(若かった‥)当然、自分の住む地域以外のことはあまり知りませんでした。
しかし、それ以前に家族での夏休みのキャンプで訪れた屈斜路湖で、一度だけ捕獲されたものを見たことがあります。
現地の方が遊びで捕まえていたんだと思いますが、バケツの底にたくさんうごめくザリガニに僕の目は釘付けになりました。
サイズからして、まあまあ大きめのニホンザリガニだったろうと思います。
けれども、これがまた不可解な話なんですが「ニホンザリガニだろう」とは思ったものの「ニホンザリガニだ」と自信をもって判断はできなかったのです。
バケツをのぞき込んだのも短い時間でしたから、違和感も「?」と一瞬でした。
ぜひ採りに行きたい、と思いましたが、ザリガニの入ったバケツを持った大人の方に詳細を伺う機会も無かったですし、この広い湖のどこかにいるんだろうなぁと途方に暮れたものです。
1日か2日の滞在では、自分がよく知らない土地では生物の生息地の詳細は把握できません。
この、家族でのキャンプの時は、自分での採取や観察はもちろん実現しませんでした。

うっすらと霧が包む原生湖。

うっすらと霧が包む原生湖。

そして、90年以降の現在では屈斜路湖には特定外来種のウチダザリガニ(英名、シグナル・クレイフィッシュsignal crayfish)が違法放流され、定着し、ニホンザリガニを根絶してしまいました。
僕が再度の調査を試みる機会もなく、屈斜路湖からは絶滅してしまっていたのです。
年齢を重ねるにつれ、行動範囲の広がりと共に「あそこの湖や沼にはザリガニが居る」という情報を各地で得るのですが、到着時には大抵、絶滅の状態で、聞いた話も昔話に尾ひれがついたものだったりします。
どんな小さな湖だとしても、一人の人間と小さなザリガニの前に水域は広大です。
その中で調査・発見に至るとしても、ある程度まとまった生息数が現存していなければ、生物と出会うことは難しいのです。

通常と大きく印象が異なる湖産のニホンザリガニ。

通常と大きく印象が異なる湖産のニホンザリガニ。

後年、落胆を繰り返しながらも、一つの湖に行き着いた僕はついに湖産のニホンザリガニに出会うことができます。
しかし、それは「これは‥何のザリガニだ????」とキツネにつままれるような出会いでした。
念願の湖産ニホンザリガニとの出会いは、そのサイズだけがニホンザリガニっぽく見え、それ以外の特徴は全く脳内データと合致しませんでした。

エゾサンショウウオの幼生が集い、脱皮したザリガニの皮を食べていた。

エゾサンショウウオの幼生が集い、脱皮したザリガニの皮を食べていた。

今回掲載しているザリガニの写真を、小川に生息するニホンザリガニ(No.9)の画像とじっくり比較してみてください。
河川産ニホンザリガニ(No.9)はがっしりした体格で、丸みを帯び、ぷっくりしていないでしょうか?
比べて、湖産ザリガニはハサミと頭部がしおれたようにゴツゴツし小さく、華奢で、頭頂から尻尾までが平べったい印象を受けます。

勢いよくハサミを振り上げ威嚇してきた二匹、ちょっとコワイ。

勢いよくハサミを振り上げ威嚇してきた二匹、ちょっとコワイ。

その上、性格までが河川産ニホンザリガニとは大きく違い、見慣れない僕を外敵と思ってか、素早く陰から這い出し、ハサミを振り上げて威嚇のために強気に迫ってくるのです。
一方で河川産ニホンザリガニはおとなしく、たいていの場合はうずくまるか逃げようとします。

 

6

 

こういった差異、初見の印象は、別種か別種の外来種か?と思わせるほどの違いがありました。 戸惑いながらも、しばらく落ち着いて観察を続けると目が慣れ、幾つかの重複する特徴からニホンザリガニと断定に至りました。 過去の、屈斜路湖で見かけたバケツの中のザリガニに感じた違和感は、おそらくこういった細部から生じたものだったらしい事を、こう して30年後に確認し、再び出会ったのです。 大げさかもしれませんが、一つの夢に到達した瞬間でした。

アイヌ語ではテクンぺコルカムイ(手袋を持った神様)、清水の守り神。 屈斜路湖ではこれが漁網にかかると「間違ってあがって来たようだが、これをあげるから帰りなさい」と祝詞を唱え、小さな木弊を背負わせて湖に戻し、近代以前は決して食べなかったという。

アイヌ語ではテクンぺコルカムイ(手袋を持った神様)、清水の守り神。
屈斜路湖ではこれが漁網にかかると「間違ってあがって来たようだが、これをあげるから帰りなさい」と祝詞を唱え、小さな木弊を背負わせて湖に戻し、近代以前は決して食べなかったという。

「道南地域のザリガニは遺伝情報が多様で、道東地域のザリガニは遺伝情報が均一」という研究結果は出ているようで、それは地形が複雑になるとそれぞれの地域との隔絶や分化が大きく、道東のように平坦な地域であればそういった分化は起きない、という事らしいのですが、この原生湖のザリガニはかなり変わった遺伝情報を持っているのではないか?と睨んでいます。
分化の時期がわかれば、その地域の地殻変動の時期がわかりますし、小さなザリガニに地球の歴史が詰まっているわけです。
遺伝子の分野は僕の専門範囲ではないですから、軽々には言えませんが、こういった個性をもったキャラクターは特に強い保護の必要性があると考えています。
昨今の北海道での多雨による土砂の流入や、桁外れに高い気温での断絶は容易に起こりえますし、心ない人たちの乱獲や生息地の撹乱もないとは言えません。

水界の無垢。

水界の無垢。

念願の、湖に棲むザリガニと出会う夢は果たせましたが、できれば他の湖との個体比較や、屈斜路湖のバケツの中のザリガニたちの生活も見てみたかった。
その夢はもう、永遠に叶う事はないのです。

比較用として、河川産ザリガニ。

比較用として、河川産ザリガニ。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

カテゴリー

カテゴリー一覧

このカテゴリーの他の記事

ページTOPへ

Copyrights © 2010 Doubutu-no-kuni All Rights Reserved.
誌面、Webにおけるあらゆるコンテンツの無断複写・転載を禁じます。