日本全国の動物園と水族館をつなぐ情報誌、「どうぶつのくに」「どうぶつえんとすいぞくかん」公式Webサイト

どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.72 世界の片隅で。

2017.6.9

 何か考えがあったわけではないが、斜陽が強く差す森へ、フラリと出かけた。
静まる暗い森へ、樹々の重なり合いからはうるさく逆光が差し込み、光の中ではものがよく見えない。
手のひらをかざし、顔に当たる陽を避けながら刻一刻と暗くなってゆく森を足音を消して歩くと、海の向こうに沈む太陽に重なって、倒木の上に何かの動物が横たわっているのが見えた。

 

 

暖かな光の中でシルエットは眠っているように思える。
多分キツネだろう‥。
しかし、かざした手のひらでは避けられないほどの光が僕を包んでいて、ものがよく見えない。

オホーツク海にぎらぎらと太陽が沈む。

服がかすかに擦れ、音でも響いたのか、横たわる動物がむくりと起きた。
起き上がった動物は一頭だったが、それにもう一頭のシルエットがどこからかゆっくり進み出て寄り添う。
二頭は僕を見ている。

鼻を突き出し、巣穴から出てくる子供達。

光で眩み、良くは見えないが、しばらくお互いに見つめ合い、その後、一頭は静かに倒木の陰に消え、もう一頭がそれに続き姿を消した。
確認のために静かに、姿が消えた場所へ光の中を進む。
立ち止まり、周囲を見渡すと端の方で「小さな黒いもの」が数匹動いていた。

 

 

キツネにしては成長が遅いな‥?と疑問が湧き上がる。
キツネの子供が巣外へ出歩くようになるのは、木々の若葉が広がるよりずっと前だ。
森の樹々に青々と葉が繁る今の季節には、サイズこそ小さくても親と変わらない色と動きをしているはず。

好奇心に満ちた顔。

目の前のものはサイズが小さすぎるし、視認の難しい逆光の中だとしても色が黒すぎる。
「なんだ?」
よく解らない黒いものはヨチヨチと動き、倒木の陰の巣穴らしき場所へ消えていった。

巣穴の前の庭が世界の全て。

 代わりの答えも一応出てはいるのだが、明らかな根拠がなければ、答えを確定しないのは僕の性格だ。
我ながら愚図な性格だ‥と呆れてはいるものの、性質は仕方がない。
そして、一旦気になればいつまでも追求を続けたいのも僕の性格で、毎日の森通いが始まった。

タヌキの集団性質が強いのは生まれつき。

静かな森を足音を消して歩き、同じ場所へたどり着くとやはり居た。
しかし、この日の対象は、警戒心が非常に強く、かすかに物音をたててしまうと素早く身を隠してしまった。
昨日の、あのゆったりとした様子は何だったのか?

色々と動物を見てきたが、タヌキほどおっとりした動物もいない。
遊び方もどこか優しい。

きちんと観察するには時間をかけるしかないようだ。
その日以降、僕は凄い姿で、一日中を巣穴の前で待った。
身体を、枯葉状のモザイクがひらひら付いた生地で、全身を覆って巣穴の前で待つ。

 

 

物音は一切たてられない。
こうやって待つ事幾時間、ついに巣穴から黒く小さな動物が姿を現した。
思った通り、エゾタヌキだった。

昼下がり、陽光が強くなる。

と言っても、生まれたばかりで全身が黒っぽいため、タヌキ特有の目の周りや手足の黒さが不明瞭で、判断に迷いがないわけではなかった。
まだ目がよく見えていないようで、鼻先を突き出し、周囲の匂いを確認するような動作を見せている。
もしかしたら、僕の匂いを嗅ぎ取っているのかもしれない。

ヤマザクラのさくらんぼを見つけた。
徐々に、お母さんのおっぱい以外の味に馴染んでゆく。

ゾロゾロと子ダヌキたちが巣穴から出てくる。
そして、最後に二頭の親ダヌキが出てきたが、父ダヌキは僕の気配を感じ取ったのか、くるりと向きを変え、巣穴に戻ってしまった。
エゾタヌキはホンドタヌキに比べ手足が長く、夏の毛は毛足が短く密ではない。

巣穴から姿を現したお母さん。
端正で、美人なタヌキだった。

初日の逆光下でのシルエットの不明は、こういった点から生じた迷いだ。
その後、子ダヌキたちはワラワラと組み、ほぐれて遊び、母へ甘えたりを繰り返していた。
誰にでもある、無邪気で幸せな時間が、目の前の小さな範囲に在る。

我先に、お母さんへ駆け寄る子供、訪れる夜。

今の、この瞬間を眺めているのは僕だけで、広い地球上の中の狭い知床で、薄暗い中を、タヌキの家族が幸せに過ごしている。
そして、いつの間にか森を闇が包み、ひんやりとした空気が流れ、夜が訪れた。

 

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

カテゴリー

カテゴリー一覧

このカテゴリーの他の記事

ページTOPへ

Copyrights © 2010 Doubutu-no-kuni All Rights Reserved.
誌面、Webにおけるあらゆるコンテンツの無断複写・転載を禁じます。