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Vol.62 森と光、響き合う色彩。

2016.8.8

 知床は7月中旬になっても気温が低く「涼しくていいなぁ」なんて呑気にしていたのですが、急激に気温が上がり、暑い日々を過ごしています。
しかも、その暑さが温度もさる事ながら湿度が高く、まるでサウナの中にいるような感じ。
僕自身高温に弱く、すぐにバテてしまうのですが、この感じは北海道の昆虫にとってもよろしくはないようで、例年に比べて虫の数が少ないような気がしています。

頭は板状で突き出している、スターウォーズに出てきそうなデザイン。 美しい光沢。

頭は板状で突き出している、スターウォーズに出てきそうなデザイン。
美しい光沢。

いつも昆虫の集う老木にも影響が出ているようで、気温が低い状態が続き、急激に上がったものですから木の内部の発酵が進んでおらず、樹液がしっかりと出ていません。
発酵以外にも冬の、少なかった積雪と地下水との関連もありそうで、土や木の水分保有量が少ないのかな?等と考えを巡らせていますが、これらの違和感も温暖化の影響なの かもしれません。

染み出した樹液に集う。 周囲には甘酸っぱい匂いが立ち込めている。

染み出した樹液に集う。
周囲には甘酸っぱい匂いが立ち込めている。

さてさて、以前にも「vol.38 水の半島、宝石の森」で紹介した事のあるアオカナブンなのですが。
北海道では少ない、カナブンのたくさん集まる風景が見たいな、なんて思っていたら、実現してしまいました。
以前にも書いた通り、涼しい夏が無いと減少してしまうアオカナブンは、ここ2~3年の冷夏で意外に増えていたようです。
長年夢見た光景ですから、ファインダーに目を通して撮影と観察を始めると、その場所から一歩も移動する事なく、あっという間に1日が過ぎていきます。
と、言うと「写真家って楽でいいね」と思われるかもしれないのですが、それは間違い。

時々ブシュー!、と音と共に白濁した濃い樹液が吹き出す。 樹木内で発酵が進んでいるらしい。

時々ブシュー!、と音と共に白濁した濃い樹液が吹き出す。
樹木内で発酵が進んでいるらしい。

写真はシャッターを押せば写るわけではなく、何をどう撮りたいのか?の考えがあってはじめて撮れます。 カナブンの身体はその深い光沢に魅力があるのですが、この色がちょっとした光の加減で変化しますし、その上でカメラの設定、背景やレンズの選択、動かし方、三脚の使い 方などにも気を配らなくてはいけません。
虫は動きますから、これらを瞬間・瞬間で判断して撮影するのです。
おまけに身体を刺すブユや蚊、スズメバチも盛大に音をたててやってきますし、ウルシの葉が身体中を撫で回し、熊だって時々やってきます。
これらを苦痛と思う間も無く、ただただ夢中に時間は流れ、疲労感を覚え気がつくと(集中が終わると)陽は地平線へ。

周囲の樹葉とカナブンの色彩が反射し、ミヤマクワガタの短い体毛まで緑に染めている。  カナブンもクワガタも「森の生き物」という事がよくわかる。

周囲の樹葉とカナブンの色彩が反射し、ミヤマクワガタの短い体毛まで緑に染めている。
カナブンもクワガタも「森の生き物」という事がよくわかる。

アオカナブンの美しい色は「構造色」と言われるものです。
簡単に言えばそれぞれ違うタイプの、何層かに分かれた薄いシートを光が透過することによって色彩が重なり、響き合う事で美しく見えます。
身近なものではスマートフォンやパソコンの液晶画面と原理が近いでしょうか?(液晶とは液体と結晶の中間の状態をいいます。)

タマゴタケが生えてきた。 非常に美味いキノコ。

タマゴタケが生えてきた。
非常に美味いキノコ。

ちなみに、絵の具のような顔料は「色素」で発色している、と言えば構造色との違いがわかり易いと思います。
仮に、アオカナブンの甲を細かくすりつぶしてしまうと色彩を失いますが、絵の具はどんなにすりつぶしても絵の具のままです。
現在では電子顕微鏡など機材が発達していて、簡単にミクロの世界をのぞく事ができますが、すりつぶすといった色彩の発色原因の追究手法は、実際に過去に行われていた、学者の立証方法の一つなんだそうです。

虫を集め、育てるミズナラの老木。  葉が広がり、まだ生きてはいるがいつかは倒れ、豊かな土になるのだろう。

虫を集め、育てるミズナラの老木。
葉が広がり、まだ生きてはいるがいつかは倒れ、豊かな土になるのだろう。

美しいものがなぜ美しくあるのか?という人間の興味と感動・追究は大昔から現在も変わっていないようで、近年でも芸術家のヤン・ファーブル氏(あのファーブルのひ孫さん です)が美しい構造色を持つタマムシの羽根を一面に貼り付ける作品を発表していますし、日本でも古くから玉虫厨子(タマムシのずし)は有名です。
撮影しながら、敬愛する昆虫記の方のファーブルの昔読んだ本などを思い出していると、その昆虫記を翻訳・紹介した人物の事などが頭をよぎります。
(ちなみに、ファーブルは一度ノーベル賞候補になっていますが、科学賞ではなく文学賞での候補です。文章表現が評価されたのですね)
ファーブル昆虫記を全訳、日本へ紹介したのは思想家の大杉栄という方なんですが、これがまた面白い人で「無政府主義者」なんです。
無政府主義を端的に言うと、ヒッピー的(自由主義的)な感じと言えば適当かもしれません。

森に差し込むすべての光を保護色に変え、身にまとう。

森に差し込むすべての光を保護色に変え、身にまとう。

大杉栄はバリバリの軍歴一族に産まれたのですが、陸軍幼年学校(中学~高校かな?)在学中にお堅い気質の一族への反動からか同性愛に目覚めたり、鬱を患い度々暴れ、同 級生に刺され、退学になったりしています。
その後も落ち着きのない生活は続いていたようで、警官との大乱闘や婦女暴行の末の結婚・複数の愛人関係でのトラブルから刺され(刺されるのは二度目)たり。 語学に優れ、フランス語を操り、ファーブル昆虫記を日本で初訳出版する、という快挙をやってのけるのですが、フランス滞在時に政治活動で逮捕・投獄され、日本へ強制送還。

「構造色」の一部の構成が違う赤色個体。  変色個体は他にブルー、ブラウン、ブラックが知られている。 

「構造色」の一部の構成が違う赤色個体。
変色個体は他にブルー、ブラウン、ブラックが知られている。 

そして、思想や行動を当局にマークされていた大杉は憲兵とのトラブルから苛烈な暴行を受け、井戸に投げ込まれ、妻子共々殺害されてしまいます。
その、大杉栄を殺害した憲兵というのが、甘粕正彦という方。
近代史では満州国での甘粕大尉、ラストエンペラーという映画を見た事がある方なら記憶にあるかもしれませんが、あの作曲家・坂本龍一が役を演じた、特務機関の甘粕さんです。

つむがれる光といのち。

つむがれる光といのち。

少々話が本題から外れそうになってきましたが、つぶさに虫の生活を覗き込む学者と、政治、無政府主義、アウトドア、自然への敬愛、美しさへの感動、音楽家、等々の一見 無関係なそれぞれが微妙に構造的(関係ありそうで)で面白いなぁと様々が頭で巡り、今日も暑い中、ファインダー越しにモノ言わぬ美しいアオカナブンを覗き込んで1日が 終わります。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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