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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.78 乾いた雪が降ってきた。

2017.12.8

 日に日に、空気が乾燥してゆく。
気温も下がりがちになり、硬くなった体にひゅっと北風が吹き付けると気持ちがひるみ、一瞬首が襟に引き込む。
しかし、呼吸をゆっくりと深く吸い、肺をいっぱいに膨らませ、ゆっくり吐き出すと体がほぐれ、気持ちが入れ替わる。
これでしばらくは、ひるんだ心地が失せる。

群がるカラスは横取りやイタズラもする厄介な隣人であり、親密な友人でもある。

僕は割と体温が高いらしく、さして寒さを感じない方だと思う。
けれど、足の先はキンキンに冷え切り、痛みに似た感覚がずっと襲っている。
と言ってもいつもの事であり、凍傷になる程でもなく、大した問題ではない。
知床の冬は1日が短く、早い日没が訪れれば嫌でも帰らねばならず、終わりまで耐えれば痛さからは解放される。
今日もこのまま、既にほぼうつ伏せで何時間かを過ごしている。

山頂はすでに白い季節が始まり、水面は日々冴えゆく。

 少し前の季節と違い、カメラからは僅かに顔を離してファインダーを覗き、シャッタースピードや感度、絞りの確認と視野を保つ。
顔を近付けすぎると、知らずに吐息がファインダーを曇らせ、凍り付いて見えなくなり、大事な時に大ポカをやらかしかねない。
常に、すべての時間を、被写体を待つ態勢の維持に努める。
こんな感じでここ数年の僕は、一ヶ所で長い時間を待つスタイルの撮影が大半になっている。

雪が静かに落ちてくる。

生き物の自然な姿を観察しようとすれば、手間はかかるがこの方法が最善と思う。
ロボット撮影も一時試みた事があるが、シャッターチャンス以外にもシャッターが反応してしまい、下手に警戒されれば被写体が二度と姿を見せない場合も多く、警戒心を与えてしまうので使える場所や環境は限られている(とは言っても、上手にロボットを活用している方はきっといるので、単に僕の無知です)。
ただ、一日中を待つのは読みを外してしまえば全てをフイにするのがスタート時で確定してしまう。
毎日通い、これで一ヶ月を無駄にする事だってザラにあるのだ。

強さを増す北風が雪を運び。

それに、広いエリアを探索できず、テーマがかなり狭くなるので、他がどうなっているのか?と焦る気持ちもある。
かといって、歩き回る方法がさほど撮れ高があるわけでもない‥(しかし全体の状況を把握しているある種の安心感はある)。
と、いったジレンマは幾つもあるものの、それは家での話で、家を出てカメラを構え始めれば無心に待つだけだ。
仮に、知床から出ていつもとは違うものを撮影に行っても、知床が気になってしまうという三重苦で、これは贅沢な悩みだろう。

冬眠へ向かうだろうクマが、険しい場所を移動してゆく。

 いつの間にか風が止み、しんと静まった冷気の中を待ち続けて数時間、あたりが騒がしくなった。
複数のカラスの羽ばたきと、鳴き声と共にクマがやってくる。
どこにあってもクマはカラスやキツネ、クマゲラやテンなどの何かしらの生き物を引き連れて歩く。

雪面に残されたクマの足跡を、クマを恐れる鹿が辿っているのがなんだかおかしい。

普通、あまりクマはそれを嫌がらないものだが、このクマはカラスを苦々しく思っている様子がありありと見える。
若く、おっとりとしたクマなのだろう、いつもちょっかいを出され、食べ物の横取りをされているに違いない。
といっても、心底嫌がっているなら若いとはいえクマだ、圧倒的な力の差でカラスなど簡単に排除できるわけで、戯れている心地があるはず。
僕は呼吸を止め、顔を離していたファインダーに目を当て、丁寧にシャッターを切る。
美しいと思う。
幾つかの生きものが、一緒に食べ物を食べているだけの、この風景が。
人間だって、家族や友人と、或いはペットと、違う誰かと一緒にごはんを食べている風景は、それだけで価値があって美しい。

僕も共に足跡を。

僕は丁寧にシャッターを押し続ける。
潜っている息苦しい水中から顔を出したように、息継ぎでファインダーから目を離し、空を見上げ、空気を鼻で大きく吸い込む。
止まっていた大気に北寄りの微風が差し込み、頰を撫でる。
ちらちらと、鉛色の空から静かに雪が落ちてきた。
今の季節は、どのクマも常に眠たげで、ちょっと動けば座り、食べては眠りを繰り返す。
あと数日もしないで北風は強く吹き始め、雪はどかどかと降り、地上を白く埋め、多くのクマが眠りにつくだろう。

また来年!

年の終わりに美しいものを見た。
これが、読者の方々にとっても来年の福音でありますように。

 

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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