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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.92 地の果てにて。

2019.2.20

 最大の寒気、という威圧感を加えたようなニュースが頻繁に流れた。
それまでは例年なら日々-5℃を上回る事のない知床で、今年は0℃近い日も多く、暖冬が続いていた。

凍てつく森の端々に、生き物が息を潜める。

確かに急に-10℃程度まで落ち込んだりはした。
しかし、それが数年前までは普通で、1月末くらいには-17℃程度に下がる事も恒例行事だったから、「最大の」が何の事だか実感が掴めなかった。

トドマツの樹葉の中にはエゾライチョウが隠れていて微塵も動かなかった。
葉の密生は捕食者から身を守り、寒さもしのげる良好な隠れ家。

そんな油断に付け入るように冷気は忍び、やってくる。
まず、家の水道が凍って出なくなった。

つがいが身を寄せて隠れていたようだ。
寒冷地ならではのまんまる羽毛、立派な雄。
こんなのと寄せ合ったら快適に違いない。

ちょっと水道を流さない時間が長くなると、水道管内の停滞した水が凍結して使い物にならなくなる。
これの解凍には小型の灯油ストーブを1日と半日付けっ放しにする必要があり、手間がかかるので往生した。

早朝の寒空と、細氷にライチョウ。

更に下がり-15℃程度になると、野外を歩いている最中に履いている手袋と靴が凍り始め、手足の先が「ちょっと痛いかな?」と感じ始める。
この段階でも「こういうのって冬の羅臼岳の山頂でよくなったなぁ」なんて呑気なもので、それより更に気温が下がると脇下のあたりに冷気を感じるようになり「風邪でもひいたかな?」と全く見当違いの事を思ったり。

流氷原を眼下にしてキツネが断崖を横切ってゆく。

洗面所、浴室、台所、の順に次々にダメになる家の水道と、ガイドでの同伴で凍気に喘ぐお客様を見ていても、あまり「最大の寒気」には同意ができず。
ストーブの前に座り込んだり、ぬくぬくのダウンに包まるのも好きなので実感がないけれど、もしかしたら案外、寒さに強いのかもしれない。

風化した柱状節理も青く染まり。

そんなある日、流氷の覆う海面が今年も結氷した。
この時をいつも待っているのだが、状態の良い時は1日か2日しかなく、仕事の都合がうまくかみ合わない事も多いが、今年もなんとか時間を作って海を、歩いた。
(勿論、海中に落ちても水に濡れない特殊な装備を身につけている)

カポン、カポン、とワタリガラスの声が断崖に。(写真右の黒い点にワタリガラス)

沖合に行くにつれ起伏は激しくなり足場が悪くなるが、小さな頃から河原のゴロタ石を歩いている僕にはさして難しさはない。
むしろ今年の流氷は表情に起伏が少なく、歩きやすいのだが、これは流氷の規模の小ささによるものだろう。

 

 

これまでのウトロでの経験では、暖冬に流氷は一見増える。
規模が小さく、海流に沿って流れる流氷はオホーツク海に突き出た半島に安定的に吹き溜まる傾向がある。
これが、厳しい冬になると北風が吹き荒れ、風向きは頻繁に変わり、氷を不安定にするのでなかなか吹き溜まらず、それぞれの流氷も大きく、流氷原の表情も複雑になる。

ざくざくに薄い流氷がひしめく沖。

カヤックもいいが、歩くのもいいものだ。
しっかり地面(流氷)に足をつけて歩く感覚を好ましく思うのは、年を重ねた心境の変化かもしれないな、と思ったりする。

遠くからは見えなかったが、氷原は割れ、前進が難しくなってきた。

森から海へ、見えるもの全てが僅かに青を帯びる世界を、とぼとぼと歩く。
森が凍り、川や海が凍り、凍気が静かにじわりと広く浸透し。

今日の地の果て。

ダイヤモンドダストなんていう大げさなものではなく、雪が落ちてくるのとも違い、大気が凍り、ささやかに結晶化し、落ちてきて静かに煌めく。
生き物は、再び来る暖かな時を息を潜め、じっと待つ。

 

 

僕は、とぼとぼ歩く。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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