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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.95 薄暗い森、流れる川。 (後編)

2019.5.17

今回は後編です。
前回を前編、と名打っていないのに後編です、というのもいい加減なものだ‥と我ながら呆れるけれども、ともかく後編。

 イトウの産卵期は二週間程で終わってしまう。
二週間、といっても早めのオスの、ぽつぽつとした遡上から、水系ほぼ全体の産卵行動が終わるまでの時間を含んでいる。
最も活発な時期の、雌雄のペアリングから産卵、産卵の終わる降下までは1週間もかからず終了なので、非常に短い婚姻期をイトウは駆け抜けてゆく。

深みで雨を待つイトウ。
活発な遡上状態になければオスの闘争心も湧かないらしい。

雪が残る風景が好きな僕は、早めの時期の撮影へ行く事が多いけれど、今回は暫く家で我慢し、耐え忍んでいた。
写真以外の仕事や会議もあり、時間を拘束されている。
その上、毎年同じ時期の写真も撮りたいけれど、外へ出る時間が長ければ(裕福ではないのに‥)それだけお金もかかり、ずらした時期の撮影も必要だ。
可能であれば1年中、何事にも干渉される事なく野外で過ごしたいくらいなのだが、色々と所用や障壁があり、叶わない。
しかし、ついに我慢ができなくなり、自宅を後にして夜通しハンドルを握った。

仲良さそうに定位をしていた。

 この時期、例年であればまだまだ雪が多く、もしカンジキを履いて歩かなければ多くの踏み抜きで疲労し、重い荷物を背負っての行動には無理があるのだが、今年は全く雪がなく、容易さはまるで散歩のようだった。
雪はとっくに退ききって、雪解けの増水はなく、沢の水も澄んでいる。
野生生物は、その年の状況に応じて大きく行動パターンを変える事があるので、撮影初めは出会えるかどうか、いつも不安だ。
雪はなく、水量も夏のように少なく、イトウの姿が少ない。散歩のような安易さに比べて内心は暗澹たる心地だった。
産卵期が終わってしまったのかもしれない、という危惧が脳裏によぎる。

茂みに隠れる雌雄。

雪解けの湿地によく見かけるオオルリやコマドリ、タヌキも居ない。
雪がないのにアイヌネギやウドなどの山菜を見かけるわけでもなかった。
不安と言うよりも、焦りが大きくなっている。
世間の、一般的に考えれば、イトウが居なくたってどうという事はないのだろうけども、単純にそれが好きであり、だからこその職業でもあり。
暗い気持ちで夕方を迎え、いつもお世話になっている宿に連絡をした。
天候や生物に合わせる僕の撮影スタイルでは先立っての予約ができないので、いつも直前の連絡になり、宿の方にはご迷惑をかけている。
宿に入り、地元の方やイトウの研究者、写真家の方とお話しをすると「これからだよ」とか「今だよ」というお返事を頂いた。
これでも出発を遅延し、我慢したのだが、ちょっとばかり早かったようでそれぞれのお言葉に一安心。
今が産卵・遡上期の始まりであれば明日以降は遡上数が急激に増え、活発になるはずだ‥
と、あまり眠れない感じで布団の中を過ごした。

今年のような一連のゆったりとした動きをほとんど見た事がない。

夜間から、僅かに雨が降っていた。 しかし、次の日も状況にあまり変化はなく、雨が降っても水は澄んでいる。 普段は少し雨が差しただけで濁り始めるが、それだけ今季の水量の少なさを示していると言えるだろう。 僕がいつも行っている沢にイトウは一匹もいなかったし、別の沢ではほんの若干、昨日よりも多く見かけた気がしたが、活発ではない。 勢い良く上流を目指している様子ではなかった。 ある程度の状況を見てから撮影に入るので、この日も沢沿いに歩いての検分がほとんどで一日を終え、背負われたまま沈黙する水中カメラが重く感じられた。

まとまった雨が落ちてきた。

状況があまり変わらないので、陸上からの探索を止め、積極的に全流程に潜ってみる事にした。
どうしても結果が出ない時、シラミ潰しに隅々までを探すのは効果的な方法だ。
魚は陸上を歩いて移動できるわけではないので、必ず何らかの痕跡や傾向、結果が出る。
すると、いつもよりは少ないが、思っていたよりも多くのイトウが潜んでいて、浅瀬の茂みや、光の届かない深みに潜んでいた。
産卵を終えたようには見えないし、動きはしないが、上流を目指しているようには見える。
何故なら上流への意欲を失くしたイトウは一目散に下流へ下り、定位をしない。
これはイトウのオスの面白い性格で、産卵中や、メスと随伴の遡上中であっても途端、何かを思い出したように(或いは忘れてしまったかのように)眼差しがキョトンとし、下流へ一目散に降り始めるか、或いはどろんと流され始め、下流域の本来の生息地へ一息に戻ってしまう。

どろん、と小ぶりなマグロのように遡上。

こうして数日を過ごしたものの、イトウの動きにあまり変化は見られなかった。
かといって降りもせず、下流域では大型の個体が上流を目指していたりするので、まるで僕自身がイトウのように「今日こそは!」と、期待を抱き、上流を目指す日々が続いた。
そんなある日。
天候が崩れ、雨が降った。
僕は雨が大好きで、雨が降ると嬉しくなる。
カメラは精密機器なので唯一の弱点だけれども、そこは耐久性を謳ったカメラメーカーだ。耐えてくれるだろう。
もともと水量の少なかった沢はなかなか水が増えず、濁りは少ないが、それでも昼過ぎくらいには水中が薄濁りになってきた。
例年比では少ないものの、多くの、大きな赤い魚体が上流を次々に目指してゆく。
茂みや深みで、この時をひたすら待っていたに違いない。
イトウは体の大きさ故に、体力を消耗する急流や落差が苦手だ。しかし大小の落差も、ここぞとばかりに、明らかに「頑張って」越えてゆく。
あちこちでバシャバシャと水しぶきをあげる音が、雨音に混じって聞こえて来る。
冷たい雨が嬉しい、そんなことを思いながらシャッターを切った。

盛んに産卵床を掘るメス。オスが役に立っているフシは無い。

翌日。
雨は止み、快晴となった。
まだまだ降って欲しいのに‥と残念な心地で「雨、降らないかな!」と沢へ向かう。
途中、作業中のイトウの研究者の福島さんと会い、立ち話。
福島さんは30年イトウの調査に携わっている魚類学者で、魚の動きや遡上数について調査をされているという。
会話の最中、さして気にもしなかったがやけに鳥が鳴いていた。
ここ数日のイトウの動向、長きに渡る調査内容や見聞は、僕には宝の山のように思え、ちょっとばかり調査作業の邪魔をしてしまった。

この鹿は冬に命を落としたのだろうか?

福島さんと別れた後、沢の最上流部を目指して歩く。
昨日見た多くのイトウがどこまで行ったのか?を確認するためだ。
水は既に退き、澄み始めていた。
雨は結構降り、そんなにすぐに退き切ってしまう程ではなかったのだが、それだけ今年の降雪・降雨が少ないのだろう。
沢は全域でくねくねと曲がり、周囲や岸沿いは回廊のように森と背の高い笹薮で覆われているので外側は殆ど見えない。
鳥の声は相変わらず聞こえている。
「この鳥の声は何だっけ?」と、僕は寝ぼけたような事を考えていた。
知床で毎日聞いている、あいつの声‥そうそうあの鳥だ。
歩きながら「この淵を曲がり切れば、左岸の水底にシカの頭骨が沈んでいるな‥」
周辺の環境は相当に歩いて覚えている。
脈絡なく考えを巡らしていると、赤い大きな魚体が視界にとび込んで来た。
滅多に無い事なので、率直に驚く。
シカの頭骨の対岸で、大きなイトウが死んでいる。

誰かが置いたように、立派なイトウが死んでいた。

しばらく動きが止まってしまった。
昨日撮影したあいつか? というような事を思った。
固まってても仕方が無いだろう‥と自分に言い聞かせ、とりあえず死因を調べる。
しゃがみ込むと同時に、頭部の傷跡をみて緊張が走った。
仕留めたと思われる傷跡の鮮やかさが、熟練の、人のワザのように思えたからだ。
大きな魚を仕留めるモリ先は一本か、多くて二又だ。
モリ先数が少ないほど硬い頭部への貫通力は増し、脳や脊髄を一撃で貫通しなければ遊泳力で逃げ切られ、仕留められない。
周囲を見回した。
僕はサケ・マスの密漁者をその場で注意や通報をし、刃物を抜かれ、立ち回った事が数度ある。
危険を感じ、何より、不心得者がこの沢に入り込んでいるかもしれない事に激しい懸念を覚えた。

ワシによる的確な傷口。

一呼吸を置き、背中をほぐした。
瞬間に湧き上がった自分の思いつきを、そのまま信じる訳にはいかない。
何せ今の所、新しい他人の足跡もなく、ずっと下流の研究陣以外の痕跡は無いのだ。
大きな魚体を隅々観察する。
今日は朝から強めの風が吹いていた。
エラの赤さや硬直、体表面の乾き具合から、おそらく三~四時間ほど前だろう。
裏返してみると一軸上に傷口は無い。
という事は貫通しておらず、モリによる捕獲では無い。
硬直し、大きく開いた口の中を覗き込んでも新しく貫通したフックの跡はなく、釣りでもない。
白い腹部のあたりには数本の引っかき傷が浅く、軌跡のように残されていて、人間の仕事ではない裏付けになった。
きっと、昨日くらいから盛んに鳴いていたあいつ、オジロワシだ。

上流部の日陰には堅雪が残されていた。

何の巡り合わせか、僕は度々こういった現象に遭遇している。
大きな(といっても30センチ少々だ)オショロコマやイワナが、シマフクロウやオジロワシ等の猛禽に襲われて、流されてきた事が度々ある。
そのくらいなら「これはこれは‥」と有り難く夕飯にしてしまうのだが、さすがにこれは大きすぎる。
どうしたものか‥と逡巡したがとりあえずそのままにし、写真を撮って上流へ向かった。
イトウのサイズ的に遡上が困難であろう岩盤域まで歩いたが、小さなイワナやヤマメが瀬に見えるものの、上流には一匹もイトウは居らず、昨晩のうちに下流へ降りてしまったらしい。
産卵期の終わりを思った。

夕刻が迫り、暮れなずむ帰途。
死んだ大きなイトウはそのまま、冷たい水たまりに浅く浸かっていた。
途中でだいぶ考えもまとまっていたので、防水バックを広げ、魚体を回収する。
この辺りの多くのイトウの皮膚下には調査の為、ICチップを封入したガラス管が仕込まれている。
その有無を確認した方がいいだろうし、こういった事柄の把握や伝聞もイトウの保護を考える上では有益かもしれない。
回収した重いイトウを抱え、いつもの沢へ降りる斜面に到達する直前。
僕は再度、驚かされる事になる。

まだ息があるが頭部を完全に破壊され、後頭部の脊髄には深い穴が穿かれていた。
恐らく食べる直前だったのだろうが、僕が来てしまい、間の悪い事にオジロワシの活動時間は夕刻までだ。 

またしても、大きなイトウが転がっていたのだ。
しかも致命傷だが、今度は僅かに生きている。
手口から前回と同じように密漁を危惧(僕も学習しないね‥)したが、今度の頭部の破壊は見慣れた猛禽のそれで、脊髄のあたりには僕の指が中ぐらいまで入る穴が穿かれていた。
関連は判らないが、道中オジロワシの姿も見ている。

推測、だが。
途端に思い出したように下流へ降る動作や、遡上したイトウが夜間中に全ていなくなってしまう習性は、遡上期の危険に対応したものだろう。
今年のように水位が少なく、見つかりやすい環境で脅威は増え、このような件が発生しやすかったのかもしれない。
であれば、降雪量が少なく、ある程度の濁りや増水が無ければイトウにとっては危険極まりない環境と言える。
これまで、この場所での(広範には生息しているが、狭いこの場所を指す)オジロワシの声が記憶にない。
単に聞き逃していただけなのかもしれないが、聞き慣れないからこそ、声の主を記憶に探った訳で。
現在、僕の住む知床においてオジロワシはかなりの勢いで増えていて、カモメのコロニーが壊滅したり、生物バランスがかなり変遷している。
オジロワシの増えやすい要因や条件が近年の気象環境にあるとすれば、イトウが棲むこの地でもオジロワシが増えている可能性がある。
今回の件だけでは何とも言えないが、日本の自然保護をきちんと整理しなければいけない時期なのかもしれない。
というのも、仮にオジロワシが増えているとして、ワシがイトウを捕食するならイトウの生息域を保証し、生息数を増やす必要があると思う。
ワシが保護されているならイトウも保護をし、豊かな森を増やし、自然全ての生産性を上げなくてはいけないだろう。

さまざまな命が、休む間も無くざわめいている。

今回も色々な方にお世話になりましたが、字数の関係や諸事情から割愛をさせていただいています。 
それぞれの方のご厚意、お気遣いは感謝の念に堪えません。
本当にどうもありがとうございました!

他に、イトウの当面の脅威は河川開発と釣り人・漁獲者で、この二つの要因が河からイトウを絶滅に追いやった土地が実際にある。
取材地域では釣りの時期や場所を自主的に規制し、イトウを手厚く保護していて、それを知らせる看板まで多数掛けている。
決して釣りそのものを害悪視してはいない。
それはイトウを愛する人間が居てこその自然、という地域の理解によるものだ。
しかし、撮影の最中にも遡上、産卵域に入り込み、規制と看板を無視し、釣りに興じる姿と札幌ナンバー、釧路ナンバーの車両を数度見かけた。
現在のイトウ釣りの多くはリリースされているらしいが、フックが口や顔面を切り裂いた跡が酷いものが多く、失明個体もザラにいて、産卵行動に参加できないものが多い。
イトウは法的に保護されていない(近い将来の絶滅の危険性が高いもの、とレッドリストに指定されているのに関わらずだ)上に、国による、日本の自然保護は単に放りっぱなしで多くの規制や監視に何の実力も強制力もないのが実態だ。
現状は、地域が主体になり手弁当で保護や保全、マナーアップの活動をしているが、僕がサケの密漁者で嫌な目に会うのと同じく、魚に関連した人間は嫌らしい感じの人物も多い。
現場が色々と大変な事は容易に推察される。

ぐるぐると思考を巡らせ、丸々とした魚体を二つ抱えて歩いていると、肌寒い闇がしん、と迫ってきた。
福島さんの研究所兼、仮住まいにイトウを持ち込んだ時にはすっかり夜になっていた。

 

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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