日本全国の動物園と水族館をつなぐ情報誌、「どうぶつのくに」「どうぶつえんとすいぞくかん」公式Webサイト

どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.91 獣声・銃声。

2019.1.18

 久しぶりにトドへ会いに行った。

30頭程度を確認。

ここ数年で僕の機材の更新がだいぶ進み、最新の機能が導入されると撮れる写真もかなり変わる。
それを確認してみたい気持ちや、従来と違う方法でのアプローチ等、やってみたい細かな試みが幾つかあった。
夜中に出発し、車での移動の最中から気になっていたが、今年の雪の少なさを実感する。
そして、やはり例年比で随分暖かい。
いつも通りなら今は深雪で、本当はもう一週間ぐらい後に出かけると丁度いいのだが、今回は予定が入っているので出発を早めた。
何が丁度良いか?と言うと、降雪である。
びゅうびゅうに吹き荒れ、向けたレンズが雪で詰まり、レンズ面を常に拭いていないと撮影がままならないくらいが好みなのだが、あまりに海が荒れるとトドは上陸を中断し、どこかへ行ってしまうのでなかなか難しい。
しかし意に反して今年の積雪はGWのように少なく、現場はほとんど快晴であった。

只々眠るトド群。お疲れなのかい?

カンジキを履き、浅い雪を踏みしめて山を歩くと途中でリスやウサギ、そして多くのシカの足跡が確認できた。
気温がいつもより高いせいか保温が過剰。歩を止め、途中でネックウォーマーとグローブ、帽子を外す。
海際に進み、近付くにつれヴォー、ヴォー、と例の低い唸り声が聞こえてきた。
コロニーを見渡すと大体30頭程度おり、暫く望遠レンズを覗き、観察をする。
それぞれのお気に入りの寝場所は決まっていて、ここへ他者が割り込もうとすると吼え合いが始まるが、それぞれの力関係もまた明白なので深刻な争いにはならない。
ただ、行動に落ち着きのない個体はすぐに寝場所を失うか、割り混む度胸もないのでウロウロし続け、威嚇され続けた挙句、早々に陸上を諦めて海へ泳ぎに出てしまう。

気のいいおっちゃんとチビの会話。

撮影の方針が決まり、ザイルを使い岸壁を静かに降下する。
久しぶりの高所なので、若干足がすくむがすぐに慣れるだろう。
昨年はこことは違うもっと低い場所だったが、油断から来る、つまらないミスで落下した。
幸い怪我は無かったがそれを思い出し、ざくざくの岩を見て一瞬身が縮む。
不安定な足場からレンズを構えていると4頭のグループが海から戻ってきて、上陸を始めた。
家族単位なのか、なんとなしのグループ構成なのかは判別できないが大・中・中・小の4サイズ。

 

 

カメラを向けてゆっくりレンズを振り、オートフォーカスが追うと、チームリーダらしい大トドとレンズ越しに目が合った。
秒も無かったかもしれないが、一寸考えた様子だったトドの表情が興奮したような様子に豹変し、一際高く、鋭めに「ヴォーッ!」と吼えた。
僕にはそれが確証を持って「人間が居るぞ!」という言葉に聞こえた。
4頭のグループは一目散にドスドスと海へ遁走を始める。
しかし、他の30数頭は「何?」と目をつぶりながら首を持ち上げている者もいたが、ほぼ全体が微動だにしなかった。
僕はレンズ越しに彼らを見下ろしながら「そうだよ、人間だよ」「僕が銃を持っていてその気なら、あんたら全滅だぞ」と独り言ちた。
平和なのは良いことなんだが、ね。

ロシアやアメリカでは手厚く保護され、狩猟は認められていない。
焼印で調査ナンバリングするのはロシア流で、シベリア的な(極寒、囚人、焼印みたいな‥)
イメージ通りに思える。

 こうして数日を過ごしたが、ほとんど雪が降らないので僕は連日を、短い時間の撮影に留めていた。
その日も早めに山を降り、麓で海を眺めていたらオレンジベストを着た8人ほどの集団とすれ違った。
嫌な予感がする。
嫌な予感がするが、仕方がないことでもある。
違っていたらいいのだが。
シカの駆除であればいいと思ってもみたが、それはシカにとっては不本意だろう。
そう、これは立場と好みの問題でもあるのだ。
それぞれの立場や考え方がある。
なので、何が起きても仕方がない。

チビは大人達からも大目に見られているようだ。

時間的な逆算からは絶望的に思えた。
彼らが歩き始めたのは14:00。
高齢の方が多かったようにも思えたが、遅くとも一時間を超える頃には発砲可能な場所へ到着するだろう。
日の入りが16:00だからそれまでに撃ち、帰って来る事を考えればシカの巻き狩りではない事は明らかで、タイトな時間設定は明確な目標があることを肯定する。
果たして、遠くから耳を澄ませていた僕は、予想よりも少し早い時刻に発砲音を聞く事になった。
山中から聞こえた銃声は連続で18発。

僕も高枕だが、彼らも結構なものである。

音の間隔が狭いので岩場のトドを撃っているのだろう。
音の間隔が広がり、山中から海側へ撃ち込んでいる弾丸が水柱を上げ始めた、が、という事はトドには命中していない。
発砲音が始まると同時に、浜に待機していたご高齢の猟師さんが海際へライフルを保持して向かった。
最初から逃れ、回り込むトドに追い討ちをかける計画だったらしい。
ただ、勘弁して欲しいのは彼が肩に担いだライフルの銃口がこちらを見つめている。
食べているせっかくのサンドイッチが鉄の味だ。

とにかくうとうと。

彼は水際に近付き過ぎているようで、遠くの標的は見えているようだが、狭窄的に至近の手頃な標的は見えていないようだった。
周囲の確認のために上下に揺れる海面から顔を出すトドを狙い狙撃、発砲数はこれも5発ほどで、遠くで水柱を上げた。
しかし、客観的に見てやはり命中は一つもなかったように思う。
浜から離れた、僕がサンドイッチを食べている場所からならトドが丸見えで撃ちやすそうなのだが、なにかしら法律上に射撃の制約があるのかもしれない。

弔うように雪が降り始めた。

僕にとって、観察しているトドたちに起こった出来事は悲しい事だし、非常に落胆したが、これは仕方のない事だ。
おそらく猟師たちは趣味で撃っているわけではなく、漁協等から委託を受けて業務として駆除をしているはず。
動物は可愛さやその魅力で語られる事が多いのだが、現実の自然の世界にはこういった事も普遍的にある。
発砲音の数から考えるとコロニー住人の半分には命中したはず‥重くなる気持ちの切り替えをしながら、僕は「人間が居るぞ!」と叫んだトドの事を思い出していた。

チビよ、お前も生きていたか!ヨカッタヨカッタ。

 翌日。
気が重かったがコロニーへ向かうと5頭が死んでいた‥ように見えたが、実は死んでいるのは二頭で他の二頭が死体を下敷きに、布団代わりに寝ていた。
岩の上には血が流れているので、皆死んでいる‥と思ったのだが、微塵も動かず、死んだように眠る3頭と死んでいる2頭が寝ている。
生きている3頭は体も無傷なようで一安心。

心臓のような陽が落ちてゆく。

なぜ、この被害で済んだのだろう?と周囲100m弱を歩いて観察してみると、猟師たちの到着・射撃地点は麓から最も近いものの、射撃をした場所からはコロニーの一部分しか見えないのだった。
たくさんの足跡はそこから一切動いていない。
丁度、視野の中で射撃可能な頭数は死んでいる二頭がほとんどで、後は死角になっている。
きっと最初の二頭をほぼ同時に仕留めたが、その後はすべてのトドが主に死角から散り散りに逃げたに違いない。
道理で射撃の開始が早かった訳だ。

次の日、死体は無くなり、元気なトドが9頭上陸。
多分、寝る場所の確保のために寝床を奪う要領で、死体は海へズリ落としたのだろう。
血は残されているので波に洗われてはいないし、回収の船も(見逃していなければ)僕は確認していない。

読者の方が、こういう事柄を見聞きして思うことは多分それぞれにあると思う。
けれども繰り返しになるが、それぞれがのっぴきならない事情の中で試行錯誤を続けているし、猟師もまた付き合い方が違っていても自然を愛しているのは間違いない。
私の友人も三割程度は銃を持っているし、(これは駆除なので放置のようだが)採って食べることも愛情表現の一つだ。
黒く光るヤマブドウを手折る感覚となんら違わない。

最終日。海からの風が激しく吹き、コロニーも洗われ、撮影を終えた。

しかし、僕がトドに対して伝えたい事が一つだけある。
「眠りこけてはいかん。身の危険を感じたらすぐに潜って逃げるんだぞ。生き残ればまたきっちり眠る事ができる。何事も生きているばこそ、だ。
トドであろうと誰であろうと死んでしまったらおしまいだ。不幸もあるだろうが、生きて生きて、意地汚く生き永らえて、最後に死ねばそれでいいんだ。」

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

カテゴリー

カテゴリー一覧

このカテゴリーの他の記事

ページTOPへ

Copyrights © 2010 Doubutu-no-kuni All Rights Reserved.
誌面、Webにおけるあらゆるコンテンツの無断複写・転載を禁じます。