日本全国の動物園と水族館をつなぐ情報誌、「どうぶつのくに」「どうぶつえんとすいぞくかん」公式Webサイト

どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.66 鉛色の空の下で。 

2016.12.7

 日に日に、冷気が強くなってゆく。
小雨に雪が混じっていたかと思うと、そのうちに水っぽい雪が降る。
更に日が進み、ちりのような粉雪になり、降りかかる雪は服をはたくと舞い上がる。

干からびるキハダの木の実。 キハダはミカンの仲間で、実を潰すとミカンの匂いがする。 アイヌの料理でラタシケプ(イモやカボチャと和える)というのがあり、クマも食料のない年には登って食べる。

干からびるキハダの木の実。
キハダはミカンの仲間で、実を潰すとミカンの匂いがする。
アイヌの料理でラタシケプ(イモやカボチャと和える)というのがあり、クマも食料のない年には登って食べる。

暗い森の上、鉛色に覆う空はあらゆる色彩を吸い込むかのように広がっている。
「暗い景色」は悪い印象で捉えられがちだが、僕は北国のこの時期がめっぽう好きで、肌の露出を撫でていく冷気とは対照的に、気持ちの中心が暖かく、じっとしていて、落ち着くような気さえする。

粉雪の降る森の中、相撲を取っていた。

粉雪の降る森の中、相撲を取っていた。

粉雪が舞い始めた日のあたりから、僕は連日、静かな、薄暗い森へ通っていた。
兄弟らしい(推定でしかないのだが)クマがしばらく森に逗留していたからだ。
あらゆる食物の中でドングリやクルミは最高量の脂質を含んでいる。

枯葉を掻き出し、木の実を探す。

枯葉を掻き出し、木の実を探す。

お気に入りの森で冬眠前の最後の食い溜めをしているらしい。
ほとんどのクマは通り過ぎてしまうものだが、こういう事は時々ある。

全力で遊ぶ二頭。 一生の中の、短く貴重な時間。

全力で遊ぶ二頭。
一生の中の、短く貴重な時間。

「兄弟」が推定でしかないのは、2~3才のクマであれば他の同じ程度の年齢のクマと遊ぶ事は珍しくないからだ。
そして、可能性としては「小さすぎる母親」も無くはない。
兄弟としての根拠を2つ上げると、まずは、よそ者同士のクマが遊んでいるだけであれば、あまり長時間を一緒にいる事はないだろうという点だ。

ちょっと疲れたね。 うん。

ちょっと疲れたね。
うん。

一日置きに居たり、数日続いて居たり、という感じで同じ場所ですでに二週間ほど経っている。
彼らはよく相撲をとって遊んでいて、その様は人間と全く変わらないように見える。
クマの、はっはと吐く息は白く、眼が笑っている。
この雰囲気を壊したくはない。

さよなら。

さよなら。

僕はなるべく遠くから、ほとんど動かず邪魔をしないように眺めていた。
なんとはなしに、自分も笑顔になっているのがわかる。
鳥獣戯画ではカエルやウサギが遊んでいるが、こういう世界は本当に、普遍的にあるのだ。

さよなら。

さよなら。

二週間を過ぎ、雪の降りかたが勢いを増した時も兄弟は遊んでいた。
今日もいてくれたとほっとする。
僕はまた動かず、距離をとってファインダーを覗き続ける。
しんしんと、冷気がブーツやグローブの先、首の隙間から染み込んでくる。

 

8

 

僕の、一時も離さずファインダーを覗いている目からは、もしかしたら涙が出ているかも知れなかった。
遊んでいるクマの顔が、数日前よりほんの少し大人びている気がした。
何かがこみ上げてきて、きっと今日が最後だと告げている。
兄弟と判断できる2つ目の根拠は、親子であればこの時期に別れる事はない点だ。
そして、兄弟が一緒に冬眠する事も習性上ない。

 

9

 

冬眠地へ、思い思いの場所へ移動するのだろう、めいっぱい遊んだ後、彼らはそれまでの魔法が解けたかのように、淡々と別々の道を行き、散っていった。
気温が下がり、濃い鉛色の空からは白い雪がこぼれるように落ちてきた。

 

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

カテゴリー

カテゴリー一覧

このカテゴリーの他の記事

ページTOPへ

Copyrights © 2010 Doubutu-no-kuni All Rights Reserved.
誌面、Webにおけるあらゆるコンテンツの無断複写・転載を禁じます。