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Vol.24 ニホンザリガニ

2013.6.11

北海道でザリガニと言えば本種を指す。
体長が2~8センチと小型で、僕は単にザリガニと呼んでいた。
父や叔父はサルガニと呼んでいて、これは津軽出身の祖母の強いなまりが影響したのかもしれない。

ニホンザリガニの棲む沢。

子供の頃は周囲の大人の津軽弁の微妙な調子に、去るカニ(後方に退くカニ)なのか、沢カニ(サワカニ)なのかと、連想を広げていた。
(森の中の、ひんやりと苔むした沢や清水に棲む、チョコチョコと後ろに動く小さないきもの)
本人達に確認したことはないが、祖母や叔父はそれぞれにそんな印象を小さないきものに投影して、どちらにも聞こえる発音で呼んでいたように思う。

木々から洩れる光が心地よい。

僕がザリガニ捕りを覚えた場所は家の裏の山だ。
山の斜面に数カ所、陥没したような3~4メートルの地下水流が露出した沢があった。
苔むした岩、砂利、土で構成され、澄んだ水が流れている。

ひっそりと生きている。

手頃な大きさの石をひっくり返すと、水流に砂や泥が舞い上がる。
しばらく待ち、濁りが落ち着くと、石があった窪みの底にザリガニが姿を見せる。
一日に捕れる量は多くはなく、根気よく探せば10匹は見つかる、といった程度。
その沢が途切れるところから、更に斜面を登ると、唐突に森の中の水芭蕉の群生地にたどりつく。
水は、どうやらこの湿地から土中をくぐり抜けて沢へ流れ込んでいるようだった。

5~6月は出産の時期。
産まれたばがりの子供と卵の殻が見える。

水芭蕉はどちらかといえば自宅や、川の周辺にある開けた明るい平野の湿地に多かったので、初めて探検した時は意外な感じがした。
湿地の中に、アカガエルやサンショウウオの卵はあったが、ザリガニの姿はなかった。
不思議と狭い水域の中でも、少し場所がずれるといなかったりする。

水温によって成長速度が違うが、どんどん姿がザリガニになっていく。

捕った後の飼育はかなり難しいもので、水温が上がると死んでしまうし、水深が深くても駄目。
かといって冷蔵庫の中で飼っても駄目で、水道水は論外だ。
高温、低温、酸欠、水質悪化に弱いといった四重苦なのだった。
生命力としては弱いけれど,(精霊を手中にするような感じ)といったらいいか、特別な感じがした。
その存在の清潔さは僕を強く惹きつけた。

 

 

自分が大人になり、器用になってやっと色々な思索ができるようになり、カメラや文章を得て、ザリガニとの付き合い方を広げられるようになったのだが、現在、この沢は採算の見込めない町営スキー場が拡張され重機で埋められてしまった。

なぜここにザリガニが生息しているのか?どのように生活をしているのか?いろいろな謎を解き明かす前に、土の下に永久に埋められてしまったのだ。

 

 

どこにでもあった群生する水芭蕉やガマの穂、アヤメの咲く湿地も、いつの間にか全て宅地や河川改修の犠牲にされた。
あれらの湿地の水面下には、いったいどれだけの生き物と、永く続いてきた歴史の秘密があっただろうか?

砂礫にひそむザリガニ。
成熟するまでに五年以上を必要とし、寿命は10年程度といわれる。
沢や周辺環境の変化、人や動物による捕獲圧が加わった時、生息数の維持や回復が非常に難しい。

白くおおきな花を蹴飛ばしたり、手折って持ち帰っていた日々が懐かしい。

水面下の秘密を覗き見る前に、すべてが暗い土の中に埋められてしまった。

知っているザリガニの生息地は大半が失われた。
僕たちの心のあり方が、小さく繊細ないきもの、或いはその生息地の環境に反映されている。

ニホンザリガニはアイヌ語でテクンぺ・コルカムイ(手袋をもった神様)。
清水を司る神で、汚濁した水にザリガニを放つと清浄にしてくれるのだそうだ。

浄化すべき水界を、ためらいも無く暗闇へ葬る人間の生活を、テクンペ・コルカムイはどう見ているだろうか?

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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