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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.25 ケイマフリ

2013.7.9

穏やかで、融けたような波の上に手漕ぎの舟を滑らす。
夜の終わりのまぎわ、世界は静まりかえり音もたてない。

早朝、初夏の知床に霧がかかる。
沖の島影は国後島。

春や夏期、オホーツク海は天候さえよければプールのように波が穏やかだ。
低い海水温や、急に上がっていく気温の関係で朝方は特に霧がかかりやすい。
未だ眠りにつく世間、森や動物たちの吐息を霧が吸い込み、静謐に時間が流れる。

滑るように海を進む。

なるべく静かに、水面を壊さないようにパドルを差し込みながら舟を進めると、
僕を包む霧の、有効視界のはしっこに鳥の群れが休んでいる影がぼんやりと見えた。
赤い足が特徴のケイマフリだ。

波の音も無い静かな日、足の赤いケイマフリが所在無さげにしていた。
アイヌ語で(足-ケマ、赤い-フレ)が語源。
断崖の岩棚や穴、裂け目で繁殖する。絶滅危惧種。

群れはあてどもなく浮いている感じで、もしかしたら眠っていたのかも知れない。
舟を止め、しばらくお互いに眺めていると、僕に飽きたのか鳥の群れはゆっくりと霧の中に消えていく。

可愛らしい姿に似合わず捕食は巧みだ。
くちばしにイカナゴが光る。

舟を海岸の方へ向ける。
このあたりの岸沿いは、8万年ほど前の噴火による溶岩の地層と、その後の流氷による浸食が断崖と、複雑な造形の岩や暗礁を作り上げたという。

バチャバチャバチャ、静かな海に騒々しい助走。

海面下の暗礁や、霧の向こうの石柱を思い出しながら留意し、進むと「フィーッ、フィーッ、フィーッ」ケイマフリの高い鳴き声が霧中に響いた。

視界の外へ消えゆく。

ケイマフリはオホーツク海と日本海の一部にのみ生息する。
春-夏の繁殖期に海岸線へやってくるものの、巣立ちを終え、沖合へ戻っていった後の生活は解明されていない。
数が激減していて、ある地域では1950年に7000羽だったものが2000年には200羽といった具合だ。

探索中、オジロワシに襲われたらしい遺骸を見つけた。
死んでもなお走っているようで、なんだか可笑しい。

僕は特に鳥類が好き、といった訳ではないし、鳥類を偏愛する方々を見かけても「ふーん、そんな世界もあるんだね」ぐらいの感覚の持ち主だ。
しかし知床で生活をしていて、ごく身近に接する生き物には、種類を超えて親近感が湧いてくる。

霧を退ける陽光。

穏やかな波と、高緯度地域特有の早い夜明けと、赤い足の鳥。

暑い日になりそうだ。

短い夏が始まる。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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