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Vol.26 ミヤマカラスアゲハ

2013.8.12

 僕が住んでいる知床、オホーツク海側の夏は暑い。
高緯度地域特有の強い陽光が照りつけ、海へ80キロほど突き出した半島は複雑に連なった連山を頂き、海洋の影響を強く受ける。
春以降はフェーン現象が頻発し、陽光の直下では大袈裟な話ではなく、気温が40℃に迫ることもある。
北海道=涼しいといった図式を脳裏に持ち、観光に訪れる人々は裏切られることも多い。

川が貫く緑の回廊。

僕は、(北海道のひと)は暑さに弱い。
20℃を超えると少し不機嫌になる。
30℃に達すると眉間にシワが寄り、寡黙になる。
30℃を超えると、暑い‥という呟きが自動的に連発されるようになり、少しオカシくなってくる。

座っていると、好奇心の強いカワガラスの若者が迎えてくれた。
距離は80センチ、マクロレンズでの撮影。

 涼を求め川へ行く。
知床の山々は8月の中頃まで残雪が残る。
冷たい雪代はほぼ通年絶える事なく沢へ注ぎ、道内でも最冷の、澄んだ流れには空中で定位したかのようにオショロコマが泳ぐ。
沢タビを履き、流れをザブザブ歩くとひんやりとして心地よい。
陽にさらされて熱くなった身体から、熱気がすっと消えていく。

湧水が濡らす斜面に黒く群れる。

上流へ向かい歩くと、僕のまわりをひらひらカラスアゲハが過ぎていった。
なんとなく勘が働き、清流がつらぬく緑の回廊を進んでいくと、行き交うチョウが増えてくる。
冷涼な沢風と木漏れ陽が肌をなで、通過する。
集中が高まり、視覚や嗅覚、触覚が溶け合い、僕の感覚が周囲の環境の一部になる。
無意識と意識のはざまで見当のつく場所へ近づくと、飛んでいる黒いひらひらが吸い込まれるように、湧水が濡らす斜面に舞い降りた。

吸水行動はオスだけの行動。

 ミヤマカラスアゲハは数年に一度、数多く発生することがある。
この風景を何度想い描いた事だろう。
子供の時代の、どこかで似たような景色を見かけたのかもしれない。

水を大量に吸いあげ、ほぼそのまま排水する。

僕の生きている年月のどこかで見かけた、名前も知らないネイチャーフォトグラファーの先人の作品が記憶にあったのかもしれない。
どの地点で意識したのかを覚えていない。

吸水には幾つかの理由があるらしい。
暑い日の乾燥を防ぎながらの体温調整と、メスを探して飛び回る筋肉に運動に必要なナトリウムの補給。
さらに、アンモニアを摂取して体内でアミノ酸を合成、精子や筋肉組織の作成‥。
これを(暑い日にビールを飲みたくなるのはなぜなのか?)というテーマに置き換えてみる。
労働と生活を維持するためのカロリー、アミノ酸、葉酸、カリウム等の栄養補給、高揚感を得るため、諸々の個人的な慰労‥といったところか。
両者共に、飲みたいから飲むんだ、うまいんだぁ、といった単純な欲求が存在する。
そう考えると、吸水場がビアガーデンに見えなくもない。

誰でも同じであるように、紆余曲折や試行錯誤にまみれた軌跡を僕も歩んでいる。
けれども、待ち焦がれる日々はムダではなく、時機は、先々で密かに待ってくれている。

「美しさ」への一つの回答。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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