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Vol.1 キタキツネ

2011.7.8

だいぶ前の話でおぼろげなのだが、父が「昔はキツネなんか見なかったなぁ」と呟いた事がある。

以前は全ての動物の毛皮にそこそこの値打ちがあったようで、山間部での貴重な収入源として罠などで片っ端から穫り、皮をはいでなめし屋に売り、 キツネに限らず野生動物が大幅に減少したらしい。

子ギツネ達は母ギツネの庇護を受け、よく遊ぶ。どの世界でも子供の遊びの発想には限りがない。

しかし、化学合成繊維が主流になり、僕の幼少期には毛皮の価格は下がり続け、生息数が回復に転じ、その中でもキツネは身近な存在になっていった。

しばしの休息、まどろみつつも警戒をおこたらない。

アイヌ語では広範に「チロンノプ」と呼ばれ(我々がたくさん殺すもの)という意味を持っている。

狩猟の対象としての一般性を指し示すもので、父の話とも符号する。

他には、ケマコシネカムイ(足の速い神)、シクマケシウンカムイ(山の端の神)等があり、カラフトアイヌ(カラフト-樺太/現在のサハリン)にはシュマリと呼ばれていて、 旭川市には朱鞠内(シュマリナイ)が-キツネ沢-の意で地名に残されている。

母と子の何気ない一幕。狼にも受け継がれるイヌ科の遺伝子を感じるのは錯覚だろうか?。

さて、写真のキタキツネの家族だが、彼らには森の中を探索していた際に偶然出会い、見晴らしのいい斜面の上に巣穴を発見した。 連日観察を続けると、一日のうち一度は最大で三時間ほど母ギツネが巣穴を留守にする事があったが、その間、子供たちは親の合図があるまで決して外には出ない。

母ギツネの子煩悩さには「ごくろうさま」と声をかけてやりたくなる。 子供たちに行動力の無いこの時期には、自由にエサを探しに行けず、 基本的にオスの狩りの成果を待たなくてはいけない。 信頼と辛抱と絆の強さは他の生物に類を見ない。

長い見回りを終え帰って来た母親は、周囲の安全を確認すると、巣の中に頭を差し入れてフッと息を吹きかける。

すると子ギツネ達は穴からソロソロ出てきて甘えたり、乳をねだり、まとわりつく。花が咲いたようなにぎやかなひと時だ。

キラキラと輝くようにたくさん遊んで疲れた子ギツネは、再びソロソロと巣穴へ戻り、母ギツネは静かになった巣穴近くの見晴らしの良い場所で休む。

こんな風景を見てしまうと、キツネの家族の平穏な生活を願わずにはいられないのだが、無事に育つには幾つかの障害がある

その一つは、旅行者が気軽に与えてしまう食べ物だ。

リンゴ、ビスケット、パン、おにぎり…。人の手からキツネへ差し出される食べ物を何度も目撃し、その度に暗い気持ちになる。

カロリーが高く、腹持ちの良い人間の食べ物は、動物の狩りへの欲求を鈍らせ、その能力を奪ってしまうし、車道でエサをもらえる事を覚えてしまうと 「車は止まってくれる」と学習したキツネが高い確率で車にはねられて死んでしまう。

オスが獲物のモモンガを持ってきた。(中央、メスの口にモモンガ)

親を亡くしてしまった子ギツネは生きる術を持たず、飢えて死ぬか、カラスに襲われてしまうのがオチだ。

楽しいレクリエーションの道中、通り過ぎて行く一部の人々には、そんな後々の事まで思いが巡らないようだ。

つがいの絆は強い、メスがオスの労をねぎらう。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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