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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.30 終わりの日、始まりの日

2013.12.8

 寒風が吹き付ける日が多くなり、波が海岸に幾重もうちつける。
沖から押し寄せる冷たい北風は、僅かに高い水温を好むイワシやサンマを容赦なく波打際へ追い込み、打ち上げる。
不安定な大気は風と共に、冷ややかな雪混じりの降雨を度々もたらし、うち上がる魚群と似たような様相で晩秋を駆逐し、冬へと季節を更新する。

沖から風が吹きつける。

 この時期は僕も、僕の周囲の人間も、出不精になる。
北海道の住人は巷でよく言われる通り、室内の気温を高く設定する。
僕個人は大体20℃弱くらいにしていると思うが、知り合いの中には25℃~30℃くらいの設定の人も居て、そうなるとさすがに僕には暑く感じてしまう。

大量のイワシが打ち上がった。

そうやって北国で暮らしていると、冷気に触れた時の(ひやり)とする肌感覚が、外に向かう際にためらいを生じさせる。
それはある種、幸せが故のためらいだといえる。
外出の際にためらわない為にも、暖房の灯油代を抑えるためにも、僕は割と低い温度で過ごしているのだけど、それでもやはり、気持ちの設定が低ければ、雨と雪が降り注ぐ森へ向かうのは気が引いてしまう。

イワシを追って訪れたアザラシが僕を見ている(中央部、黒点)。

考えてみると、幾つかのそういった小さなためらい(幸福感)を維持するために僕たちの生活は続いている。
しかし、より快適に、より便利にを追求しすぎて、外に出るといった事までがためらわれてしまうのなら、そのうち呼吸することすらが、おっくうになってしまうだろう。

雪が降り始めた。

少々寒い思いをしようとも、少々つらい思いをしようとも、家に帰れば暖めてくれる風呂も、そんなに柔らかくないフトンもある。
「野生動物は生身で環境に溶け込んで生きているのだ、自分もそれに触れたくてカメラをもっているのだろう?」と、幸福感を振り切って外へ出た。

氷が川を閉ざしていく。

 夜には凍り、日中には融けをくり返し、落ち葉や土はドロっと濡れている。
曇りの日の森は閑散として、いきものの気配はない。
しかし、いきものが消えてなくなる訳でもなく、自分が周囲の状態に溶け込む事が出来れば、僕の脚は自然に彼らの後を辿り、彼らが気を許してくれれば姿を見せてもくれるだろう。

氷面下には遡上を続ける、或いは産卵を終えたサケやマス。

焦って追ってはいけない、思惑を持ち過ぎてはいけない、あるがまま感じ、思い、いきものの向かう場所へ向かう。
探索中、時々エゾシカの発情の高い鳴き声が遠くから耳に届くが、周囲にシカの警戒音や足音は聞こえない。
ヒグマが近い可能性がある。

食料を得るため、岩の隙間を覆う堆積した枯葉に、虫やドングリ等を探す。

静かに歩いていると、足元のぬかるみを感じなくなってきた。
気温がかなり下がったらしい。

北の一日は足早に過ぎ、薄暮の訪れが早い。

間もなく雪が降るだろう。

冬眠地へ向かうのか、幾つかのクマが通過していった。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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