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Vol.31 エゾユキウサギ

2014.1.14

 「いきものの撮影ってどうやるの?」
時々、そんな質問をされる。
この内容であれば、質問者はある程度動物に対しての心得があるか、身近にいきものがいるかのどちらかだ。
日本の野生動物は敏感ですぐ逃げるし、移動速度も速く、人が追いつくのは不可能で‥と、そういうことが判っている人。

相手より先に気付かなければ、出遅れる。(中央部にウサギ)

 答えは簡単で「手を尽くす事」だ。
技術、知識、体力、運、の限りを尽くす。
撮影機材は重く、雪を踏みしめるカンジキは音がうるさく、いきものを遠ざける。
何より寒いし、吹雪けば視界が無い。
行動する上で、何もかもに経験と慣れ、時間の蓄積が必要だ。
そして、ウサギほど追手の資質が試されるいきものも、そういない。

森林限界の、ダケカンバ帯までに多く息づく。

 この連載の、どこかの回で「昔は動物なんていなかった」と書いた。
あらゆる動物が、僕の祖父や父の世代では毛皮や肉、田舎での現金収入源にされていたことが理由だ。
けれど当時、ウサギだけはいっぱいいた。
雪原や、スキ-場には数多くの足跡や丸いウンコが落ちていたし、何かの拍子に度々、疾走するウサギの姿が見える。
そして、何より、僕の家にもウサギがいた。
畑に張っていた、カラスよけの網にひっかかっていたものを、祖母が野良仕事の帰りに持ち帰ったのだ。
身体の大きさは、大人の太腿のあたりで耳をつかむと、足の先が地につくぐらい。
今思えばオスだったのだろう、ひどく気の荒いウサギだった。
収容している檻の前で眺めていると、オシッコを飛び散らし、かける。
こちらに向けられた後ろ姿は、お前をいつか蹴飛ばしてやる、という気概に満ちていて、あまりかわいくなかった。

よく見ると、貫禄のあるいきもの。

 北海道の至る所が、以前は薮や森林に覆われていた。
例えば、川沿い、森林の内外、道路沿い、空き地、湿地の縁。
そういった所には、いかついトゲを持ったバラ科の群落が茂り、無理に突破を試みれば傷まみれになる。
それに加えて、フキ、イタドリ、ヤナギ‥あらゆるものが、野バラのバリケードをいっそう重厚にしていた。

因幡の白兎、不思議の国のアリス、西洋の魔女伝説の世界では、異界での案内人の役割を負う。
このウサギは、僕をどこに連れて行く?

ウサギだって肉や毛皮にされていたのだろうけど、彼らは繁殖力が強い。
世界中でその繁殖力にあやかり、多産や豊穣の象徴だったりする。
逃げ込む場所があり、キツネに代表される他の捕食者が減っていた当時は、彼らにとって生きやすい時代だったのだろう。

前足が縦に回転し支点になり、飛び越えた後足が前方に着地する、独特な走法の足跡。

 北海道中、川も、森も、湿地も、現在では薮が伐採され丸裸だ。
これを、人々は「きれいになった」と言う。
ウサギも、足跡も、丸いウンコも見かけなくなった。

今の時代、生息場所を奪われたウサギは、捕食者があまりいない、森林限界より少し下の亜高山に生き残っている。
捕食者が住めない環境は、彼らにとっても厳しい環境のはずだ。
それだけに、どれほど生い茂る薮が重要だった事か。

 

 

 生き物を追う時、決して風上に入ってはいけない。
微かな音や匂い、違和感を風が運んでしまう。
例え、遠回りでも回り込み、長い距離を素早く、用心深く移動し、相手より先に見つけ出し、動きを牽制し、仕留める。
こういったことは、シートン動物記/動物誌のような、いわゆる動物本、の類にも頻繁に記述されている基本だ。

尻から雪面をうがち、身を潜め、悪天候や外敵をやり過ごす。

 網膜が、痛くなるような雪景色にウサギを確認する。
視力、ではなく、脳裏に刻んだいきもののフォルムが、白の世界に姿を浮かび上がらせる。
ふと思い立ち、ファインダーから目を離し、静かに最接近を試みた。

意表を突かれ、距離を詰められたウサギの目が、大きく広がるのが判った、その刹那。
トドマツ帯の薮影から、黒い耳先を後方になびかせ、粉雪を蹴散らし、弾丸のよう駆け抜ける精悍な姿が、空気の壁を切り裂くように視界に飛び込む。

日本の、北海道の原風景。

世間で思われているより大きな姿、美しいスローモーション。
遠方に去りゆく後ろ姿を見送って、山を後にした。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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