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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.32 暗がりの中

2014.2.12

 厳冬期、谷あいを貫き海へ注ぐ河の流芯の水温は2~3℃と身を切るような冷たさだ。
北国の人間にとって「気温が0℃」は「暖かい」という範疇になるのだけど、水温と気温では感じ方が全く違う。
極端な例えだが、マイナス10℃の気温下に裸で30分は耐えられる、と思うが0℃の水温に裸で10分浸かるのは無理だと思う(もちろん、試みるつもりも予定も全く無い)。
 水中に生き物の気配はなく、荒涼とした景色が広がり、春から秋の間、にぎやかに群れ泳いでいた魚達は、大小の岩の下や堆積した枯葉の中に潜み、静まりかえる。
冬の川は過酷だが、急激な増水がなく、水温も低いため微生物も発生せず、ある意味安定的だ。

受精後2日、透けて見える卵が幾つか見える。

 秋に産み落とされたサケの卵は、積算温度480℃で孵化する。
サケ類中でも、例えばサクラマス、イワナ、ベニザケ、シロザケ、といった種類それぞれに積算温度は異なり、日本産の基本的なサケ/シロザケは水温が8℃なら480℃÷8℃=60で孵化までに60日を要する事になる。
 図鑑などではサケの産卵について(水温7~8℃の安定した地下水が湧く砂利に卵を産み‥)といった紹介をされる事が多い。
そのため、(水底の状態を見極めきちんと産卵するサケ‥)という幻想をもってしまうのだが、実際には河川にそれほど理想的な場所はほとんど無いし、シャーベットが張り付く所にも卵は産み落とされる。
湧き水うんぬんよりも、産卵床を掘る砂利の状態が健全であるかどうかが大事なようだ。
受精後、水温が15℃を超えたりすると死卵が増え、これより低い水温では正常な発育の割合が増える。
僕には専門外なので推測でしかないが、高い水温で細胞分裂の速度が速くなると発育異常が増えるのかもしれない。

受精後30日、気泡を含んだ細胞塊に注目して欲しい。

 何気なく卵を眺めていたある日、卵殻が透明なものと薄いピンク色の二種類があるのに気付いた。
殻が透けて見える卵に注目して観察を続ける。
内部には水泡状のものが確認でき、この水泡が動いている事に気付いた。
(!卵が動いている)
ぐるぐると、周回りの動きは地球の自転にも似ていて、(卵だが)胎動のようにも思える。
これらの内部の動きや、水泡、諸々の部位の学術上の呼称などを専門書で探したり、知人に聞いたり、水族館に問い合わせてみたりした。
それぞれに丁寧な回答をもらったが、それでもきっちりと当てはまるものがあまりなく、疑問は大きくなるばかりだった。

1分後、細胞塊の位置が変わっている。 この後、19日を経て機能を停止した。

 結果から言うと、半透明の殻をもつ卵は受精後(厳密に受精しているかどうか、は確認のしようがないので定かではないが)49日間動き続け、その日を境に、ともしびが消える様に次々に死んでいった。
受精か、細胞の発達か、どこかの段階に異常があったのだと推測される。
通常の発達形態ではない為、僕の前述の疑問と、各方面からの回答が解了しないのは仕方の無いことだったのだ。
次の段階に発育できず、生理機能の限界を迎えて生命活動を終えたのだと思うが、単なるサケ卵が実に興味深く、不思議な世界を見せてくれた。

正常発育の卵、受精後28日。僅かに黒点(眼球部)が見え始めた。

残った卵は徐々に黒点状の眼が発生し、67日後には、次々に卵殻を破って稚魚が生まれた。

受精後67日。

身体の割合から考えると、生まれ出た稚魚の眼は異様に大きい。
そのためか、稚魚は光を嫌い砂利の中に頭を突っ込む。
ここから1ヶ月程をかけ光に慣れていき、腹部のヨークサック(栄養嚢)が吸収されるまでエサは取らず、砂利に隠れて生活す る。

 

 

 北海道のサケ•マスは和人の入植後、河川内での無秩序な漁や開拓、人間生活の拡大による水質汚染や荒廃により激減、対策として各地で孵化事業が発足した。
資源量の回復に80年の歳月を経て、今日に至っている。
 川を下った稚魚は、北東太平洋、アリューシャン、ベーリング海、カムチャッカを移動しながら千島列島に沿って南下し、故郷の川へ4年から、それ以上をかけて帰ってくる。
再び故郷の川へ戻る割合は全体の3%だといい、97%は回遊の先々で他のいきものに捕食され、川へ戻れば熊やカラスの食料になり、陸地へ運ばれれば森を養う栄養分になる。

孵化が始まった。

 

 「命が命を支えている‥」とうたえば聞こえはいいが、それを一手に握っているのは人間管理の孵化事業だ。
人が資源を利用するために、ある程度の増殖事業は仕方ないとしても、川や海をただの工場として取り組む今の姿勢は、色々な意味で違和感がある。
極論だけども、ドブに放流すればドブに帰ってきてしまう。
最近では、川を省略して海面だけで終わらせる手法もあるという。

 

 

 サケが泳いでいれば、それだけで豊かな自然の表現になるというのは間違いだ。
やはり、一義的には健全な自然状態を回復した環境下で、充分な生息数が永続し、それを人が利用していくことが望ましい。
増えたからもういい、そこまで(環境を回復する)する必要はない、といった達観やレトリックに陥ってはいないかと、危惧をしている。

次々に孵化していく。

 河畔林に降り積もる雪は厚みを増し、ひさしの様に大小の岩を白く覆い、水中への光を遮る。
秋に様々な障害をくぐり抜けた少数のサケは、ぼろぼろになりながら砂利を掘り、命を振り絞って河の流れに卵を託した。
今、この時間、雪に閉ざされた薄闇で、赤い命が小さな火のようにざわめいている。

世界の片隅で、たくさんの命がはじまる。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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