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Vol.33 シマフクロウの魚と川で

2014.3.10

 先日、知床へ何度も遊びに来てくれているカメラマンのTさんと一緒に川へ探索へ出掛けた。
水辺はぐっと気温が下がり、胸まで浸かれるウェイダー越しには恐ろしいほどの水の冷たさが伝わってくる。

届けられた大きなオショロコマ。

 冬は雨が降らず水量の増減も少ないので、洗われる事の無い苔が岩をうっすらと覆っていてかなり滑りやすい。
それに速い流れも相まって、川歩きには慣れが必要だ。
二人とも高価なカメラやレンズを持っているので、もし転倒などしようものならしばらくは涙に暮れなくてはいけないし、何より低体 温症でも起こしそうな危険な水温だ。
大事をとって僕が機材を先に運び置き、戻ってから手を貸して一緒に川を渡る、といった順をくり返し、蛇行する川を上流へと進ん だ。

雪面に残る血痕と羽の跡。

 細心の注意を払い、川を渡り終える直前の岸近くまで来た時、僕は動きを止めてしまった。
まるで、申し合わせた様に足元に魚が流れてきたのだ。
ひくひくと微かに動いている、30センチを優に超えている大きなオショロコマ。
通常のオショロコマがここまで大きくなるのは珍しい。
手を伸ばし、魚を拾い上げ、後ろのTさんに見せると何が起こったのかわからないようだった。
少し間があって「つかまえたんですか?」と聞かれた。

シマフクロウ・全長70~80センチ、翼を広げると180センチ程。
国内では道東を中心に150羽前後しか残されておらず、大きさは類中最大。

違う時期、違う場所だが、以前にも数度、同じように魚が流れてきた経験がある。
注意深くオショロコマの頭の周辺をしらべると、やはり、カギ状の鋭いものが穴を穿った痕が残っていた。
急所を貫き、動きを止める正確な動作。
「恐らく、シマフクロウの仕事だと思います」僕は答えた。

狭く急峻な半島の河川は上手に進むと、ほどなく両岸が切り立つ。

英名ではシマフクロウにBlakiston’s Fish Owlという名が付けられている。
ブラキストン、は学者の名でフィッシュ・オウルは魚を獲るフクロウの意だ。
ちなみに和名のシマフクロウのシマは「縞模様」ではなく「島」。
猛禽類なので、ネズミや鳥などの小動物も当然食べるが、名前の通り、食性はかなり魚類に偏向している。
よって、森が深く、魚が沢山生息している地域でなければ生息できない。

岩壁に張り出した木の根に佇むシマフクロウ。

フクロウに会えるかと期待したが、この日、それは叶わなかった。
ただ、雪面に魚の内臓や血、フクロウらしい羽の痕を見かけたので近くには居たのだろう。

 僕は周辺の海も川も沼も、一通りは四季を通じて潜り、水中の様子を知っている。
だから断言できるのだが、2月や3月の厳冬の知床でオショロコマを見かけることはまずない。
でも、こうやって立派なサイズが流れてきた‥。
シマフクロウに誘われて(挑発されて?)いるような気がして、ここから数日集中して水中の探索をした。

静まりかえる水中。

 僕の水中撮影は、全てスノーケリング(素潜り)で行う。
浮力は邪魔になるので、3mm生地のウェットスーツを使っているが、これが冷たく寒い。
知らない方の為に説明しておくが、ウエットスーツは生地に水を浸透/保持させ、人肌で暖めて温度を維持する。
生地が厚い方が暖かいが、動きが鈍くなり、浮力も強くなる。

 

 

 河口から魚止めの滝まで、数々の淵や深みにオショロコマを求めて歩き、潜った。
腰ベルトの水温形は3℃を示している。
指先の感覚はすでに無く、行く手を阻む積雪もズボズボとぬかるみ、体力を奪っていく。
だんだんと遂行能力も失われてくるのだが、こんなときに体温と行動力を上げる方法がある。
原始的だが、(気合いを入れる)とか(集中する)といったメンタルの操り方でかなり行動時間を延長する事が出来、不思議と
「魚!」とか「獲物!」といった集中の仕方は余計な苦痛を忘れさせてしまうものだ。

やっとのことで見つけたチビオショロコマ。

めげそうな気持ちの上げ下げを何度もくり返し、大小の岩や枯れ木、落ち葉の吹きだまり等いろいろひっくり返し、かなり頑張って探 してみたものの無駄だった。
2~3回、10センチに満たない小型のものは、石の下に発見したが、中、大型のオショロコマは一つも発見できなかった。

残った知床のオショロコマの冬の居場所として考えられるのは、ひっくり返せないほど巨大な岩の下なのかもしれない。
魚の居場所は解明できず、こうして僕はシマフクロウに完敗した。
辺りは真っ暗で、トボトボ、フラフラと手探りで川を歩き、くたびれて家に戻ると19時になっていた。

魚世界の終り、魚止めの滝。

僕の故郷の道南では、水温が5℃を割り込むことはあまりないし、枯葉や岩の下を探れば容易にイワナの姿を見ることが出来る。
そういった常識が知床では全く通用しない。
半島のオショロコマの行動様式がどうなっているのか?シマフクロウからの宿題が出されてしまった。

シマフクロウが星の運行を観測していた。(右の木先端)

 流れてきたオショロコマについての推測だが、恐らく、雪の上で活動する羽虫(雪渓カワゲラ)を捕食しに出て来たのだろう。
そこをシマフクロウに襲われたが、魚の大きさにうっかり手を余し、放してしまった。
それが流れ着き僕へ届けられた、といったところだろうか。

まだまだ冬は続く。

そういえば、アイヌの伝説ではシマフクロウは人間に魚(冬を越える為の食料)をもたらした神でもある。
こんなにダイレクトに届けられるなんて‥と折角なので持ち帰り、ムニエルにしてありがたく戴いた。
シマフクロウからのギフトは格別な味であった。

しかし調理の際、胃袋を取り出し開いてみると、なにも入っておらず上記の仮説も怪しいものになってしまった。
いやはや、神の御心は常に謎に満ち、奥深いものである。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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