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Vol.35 キュウリウオ、時を越えて春を告ぐ

2014.5.9

 気温が高くなり、雪解けが収まりつつある時期。
北海道の南では桜が咲いた、との知らせがぽつぽつ伝えられ、うらうらとした陽気が多くなってくる。
気温が上がると同時に、水温と気温が複雑に入り乱れる海に近い地域では、陽をさえぎり霧が立ちこめる事も増え、しっとりと心地よい涼風が静かに流れる。
先駆けの晴天と、潤う濃霧が順に入れ替わる日々。

緩やかなたるみに、産卵を終え、息絶えたキュウリウオが流れ着いていた。

 霧の日、森と牧草地を貫く川を歩いた。
枝の先々に萌芽をたたえたヤナギが川の両岸を覆い、踏みしめる砂礫の向こうに目をやると、アズマイチゲや水芭蕉の花が咲いている。
肺に大きく大気を吸い込むと、懐かしいような、くすぐったいような感覚がこみ上げ、身体中に溜まった、いろいろなきしみが散っていく。
そこが健全な川かどうかは、匂いで判別できる。

太古から続く遡上。

 水面の冷気を感じながら、澄んだ水底に注意を向けて歩く。
進むたび、砂礫の隙間から細かな砂粒が小さく巻きあがっては、くるくると下流へ消えてゆく。
それを何度も見届けた後、ゆるくなり、少し深くなった流れの中に、数匹のキュウリウオが息絶え、沈んでいるのを見つけた。

海から遡上したての銀白色。
学名はOsmerus eperlanus mordax で属名はスメルス(匂いのギリシャ語)、エペラン(フランス語、匂い)種名はマーダックス(歯でかじる意、顎と舌に生える鋭利な歯に由来)。
10~30センチ程度に成長。

水中に手を入れ、拾い、臭いをかいでみるとわずかにキュウリの匂いがするが、具合からみて、死んで数日は経っている。
傷は無く、数匹が流れ着いている状況から、産卵後に弱って死んだのだろう。
生息が確実、という手応えの反面、産卵、遡上期が終わってしまったか?という出遅れの心配が交錯する。

 

 

 どの魚類にも、卵が産みたくなるような場所はあるが、そんな場所を丹念に探し続けていると、水通しの良さそうな緩やかな瀬に、ついに魚影を見つけた。
「北海道は自然が豊かである」という認識は、今や世界的なものらしいのだが、昨今の環境は非常に脆弱なものになってしまい、去年はいたのだけど今年はいない、途絶えてしまった、という状況 が、小さな生き物に特に顕著だ。

 遡上から一日ほど経つと黒っぽい婚姻色や頭部には追い星が発現し、全体がザラついてくる。
匂いは清涼感のあるスイカやキュウリに似て、海で漁獲されたものと比べると、
遡上後のほうが香りも味も良く、適切に処理されたものはアユに匹敵する味と、個人的には思う。

それらの結果は、土地開発や護岸工事、一握りの悪質な捕獲者や、人がもたらす外来種のせいなのだけど、小さな生き物や、値段があまりつかない魚類などは、少なくなっても注目される事はあまり なくて、時間の経過と共にいなかったことにされてしまう。
厳密な意味で絶えてしまったかどうか、の検証は難しいものの、(いなくなったなぁ‥)というお別れの状況を幾つか経験した僕は、毎年、どの生き物に対しても不在の不安感を抱いている。

キュウリウオの卵を狙い、10~15センチ程のヤマメやイワナが群れていた。
海へ下る(降海個体の)特徴として、ヒレの先が黒化(ツマグロ化)している。

ちなみに、キュウリウオはザルに一山200円程度で「きゅーり」と言う表記で売られているが、この「きゅーり」表記のかわいさがたまらない。
僕の郷里に近い地域では「キュウリチカ」とも呼ばれていて、呼称の的確さになるほど、と思ったものだ。
※(キュウリウオ科の魚で、海産の、チカというワカサギに良く似た魚が存在する)

キュウリウオの後方に付き、産み落とす卵を狙うイワナ群。

 今から10万年前前後の洪積世、第三氷期のころは北のサハリンと共に日本列島はひと続きで大陸につながり、日本海は大きな淡水湖だった。
日本海に面した古い地層からは、淡水に生息するキュウリウオの化石が発見されている。

産みつけられた卵。

川で産卵するということは、淡水でなければ卵は生きられない、ということであり、それらの祖先が淡水由来であることの証明になる。
彼らのようないきものが、古い時代から形質や性質を変化させ、海と川をつなぎ、淡水域、すなわち陸地に栄養分を運び、けものや私たちを養い、森林を育ててきた。
そういったことの貴重さの価値を、認められる社会になれば‥と思うのだが。

霧散した夕方、アズマイチゲが岸辺にそよぐ。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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