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Vol.37 いのちの湧く沼

2014.7.6

 柔らかな新緑を過ぎ、草木の葉が堅さを帯びて雨模様が多くを支配するころ。

雨が打ちつける、エゾサンショウウオの産卵する沼。

誰の記憶にも残らないような、蚊の沢山いる、くだらない沼の水面下では、残雪と寒気の薄氷下に産み落とされたエゾサンショウウオの卵塊が、順調に成長を遂げ、無数のたくましい子達が暖かい季節を謳歌している。

受精後、二週程経った胚。外鰓も見え、初期の胎児のようでもある。

どこの川ともつながらない、ひっそりとしたこの沼には魚類も甲殻類も棲息していないが、エゾサンショウウウオの子供達には成長をうながす絶好のゆりかごだ。

コイル状膜から破れ出た卵。エイリアンの巣‥っぽい?

 幼生は発育し、卵殻を破って外へ出た当初、ミジンコやボウフラ、イトミミズといった誰でも知っている生物の他に、僕が名前も存在も知らないような微小な無数の動物性の生物を食べて生きている。 仮に、卵を採ってきて飼育したとする。
卵はもちろん順調に発育し、成長は進むだろうが、同時期に生育する野生下の幼生と成長の比較をすれば、体格が全く違ってしまう事に飼育者は気付くだろう。
これは、「清潔な」人工飼育下での餌類と栄養が、かなり貧弱で偏っていることを示すものだ。
一つの小さないきものを育てる必須栄養をもった、更に小さな生物を魔法のように生み出す沼の不思議。

共食い行動が成長を促す。

しかし、このゆりかごには人がその字面に連想するような穏やかさはない。
ある程度まで育った幼生は急速に肉食性を際立たせ、共食いを始める。
何匹も何匹も、無限にいると思われた幼生は、短い期間で極めて少数に減る。
成長の遅い他の個体を大柄な個体が食い、成長速度は最高になり、盛夏にはえらが消え、陸への適応を始める。

旺盛な捕食行動。

 自然科学の事は近年になって取り組まれたり、認知されて来たものが多い。
例えば、ヤマメが大きくなるとサクラマスになる、というのは今では常識だが、40年程前の数々の書籍では扱いが非常に曖昧で、複数いるマス族の分類さえ明確ではなかった。
世の中にはまだまだ知られていない世界が溢れていて、アマゾンや密林では首刈り族やニシキヘビを相手に川口探検隊が活躍していた。

個体の成長の差。

 僕のサンショウウオとの付き合いは、かれこれ、もう30年くらいになる。
ある日、くるくると巻き付いた卵を「なんだこれ?」と持ち帰ったところから始まった。
イチゴかなにかを包んでいた透明なプラパックに卵と水を入れ、放置しておくとある日、不思議なオタマジャクシが孵った。
なんだこれは?と僕にも、そして周囲の大人達にも、少しざわざわとした空気が流れた。

 

 

あまり日を置かず、今度は偶然サンショウウオの成体を捕まえた。
ドブ、のような湿地で泥まみれで遊んでいたら指に偶然感触があり、そのまま掴んだ。
どうも、あの卵はこいつのものらしい‥。
当時はガラス製の大型水槽なんかはまだまだ高級品で持っていなかったので、タイル張りの風呂に張られた水に「泳ぐトカゲみたいなもの」を泳がせては遊んでいた。

水面近くで浮き、浮遊性の餌を待つ。

家の近くには小学校の教員住宅があり、母と先生の立ち話でも話題になっていたらしく、「サンショウウオ‥ですかね?でも、生息地ではないと思うのですが‥」というやりとりがあったらしい。
その先生が誰かはわからないものの、北海道のほぼ全域がサンショウウオの生息地なので、結果的には先生の知ったかぶりの発言だったわけだが、それだけ当時は自然の事は情報が無かった。

 

 

透明パックの中の不思議なオタマジャクシは、共食いを始め、個体の成長具合の差が大きくなり、一つか二つが突出して大きくなりはじめた。
2センチ程に成長したその姿は、紛れもないウーパールーパーだった。
ウーパールーパーは大型種であるメキシコサンショウウオの幼成形態(ネオテニー)で(そんな実態も知られていなかったが)、当時、CMか何かのキャラクターとして世間を賑わしていた。
「ウーパールーパーが何故ここに?」
またまた、周囲が騒然となってしまった。

この後鰓は吸収され、消えて上陸する。
標高が高く、水温が低ければ上陸までに二年かかることもある。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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