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Vol.45 オオワシの飛び立つ日

2015.3.10

 先日、僕の初めての経験となる撮影へ出かけてきた。
知床、羅臼町で行われているオオワシ、オジロワシの撮影ツアーだ。
夏期に自分がガイドを催行したり、担当した際にツアーの一部分でお客さんを連れて一緒に船に乗ったりは経験があるが、あれは自分が「撮影に臨む」という感じではない。
自分が撮影ツアーに参加というのも初めてだし、基本的に誰かがいる場所や、複数人が並んでいる場所で写真は撮らない。

夜明け前、魚を巡り蹴り合うオオワシ。

夜明け前、魚を巡り蹴り合うオオワシ。

 今回は「ゴジラ岩観光」というクルージング会社で乗船した。
始発は早朝5時頃の出航で、この時間は条件が合えば、朝日をバックにワシをファインダーに収められるので人気があるのだという。

ずっと先入観から来る不安でいっぱいだった。
性格的に僕は誰かと物事を競うのが苦手で、それならやらない方がマシという諦めにすぐに至ってしまう。
想像の中で、沢山のカメラマンを押しのけ押しのけ‥という撮影が自分には無理に思えた。

太陽が昇る。

太陽が昇る。

しかし、すぐに不安は霧散した。
割合大きな船には客がパラパラと乗船している程度で、同時に3隻も出している。
船長やスタッフさんに話を伺うと、撮影者一人につきそれなりのスペースが必要だろうから‥という配慮らしい。
詰め詰めにして収益を上げようとする、これまでの北海道の観光イメージとは大きく異なっていた。
そして、日本人だけではなくヨーロッパやロシア系の白人の客の姿も多い。
オオワシやオジロワシは世界のバードウオッチャーに非常に人気のある鳥で、簡単にワシが観察できる知床の羅臼という町がどれほど注目を集めているかが一目で理解できる。

氷上に集まったオオワシと、煙を上げる操業中のスケソウダラ漁船。

氷上に集まったオオワシと、煙を上げる操業中のスケソウダラ漁船。

 日の出前の薄明かりの中、港を出た船は細かな氷を航跡に踊らせ、用心深く流氷の切れ目を沖へ向かう。
船の地点を決めると船員さんがワシの餌のスケソウダラを撒き始め、ワシやカモメが徐々に集まり、鳥の声が賑やかさを増していく。
流氷が詰まった水平線に太陽の端が溢れ始めた時、カシャカシャとカメラのシャッター音が船内に響き始めた。

自然動物園の感、これほど近くでの観察は羅臼以外では不可能だ。

自然動物園の感、これほど近くでの観察は羅臼以外では不可能だ。

 羅臼は1970年代から1990年代頃まで空前のスケソウダラ景気に湧き上がった町だ。
スケソウダラはかまぼこや魚肉ソーセージ等の練り物に利用され、好景気は日本の食生活や生活水準が大きく変化していった時期に重なる。
当時、網からこぼれたタラや投棄された雑魚にワシが群がっていた事が、現在の撮影ツアーの源流にある。

 オジロワシやオオワシは越冬の為ロシアから北海道へ渡ってくる。
理由は色々考えられるが、やはり寒さは無視できない。
怪我をして保護飼育された個体を早朝の寒い時間に観察したことがあるが、鳥のくせにブルブルと震えていてダウンを着ていても寒いのね‥と思ったものだ。
北方ではー30℃からー50℃が普通だろうから、温度的にやはり過酷だ。

オジロワシの美しい翼紋。

オジロワシの美しい翼紋。

そしてもう一つは餌の問題。
オジロワシ、オオワシは「海ワシ」という分類だ。
分類からわかる通り、水辺に依存する習性だが、彼の地では全てが瞬時に凍り付いてしまう。

本来の習性でいえば、北海道にまで南下すれば年明けの2月ころまで大きな川ではサケが遡上を続けているし、海も川も水面が開いている部分があるから越冬南下をして‥。
といった具合なのだが、これは過去の話で、現代のサケは厳密に人間のコントロール下にあり、卵巣の生育がイクラ加工に最適な秋の一つの時期に、放流した海域に戻ってくるように調整されている。
当然、最も過酷な時期にワシはサケを食べられない。

 

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こうしてサケの、何期にも分かれて遡上する生活様式が失われた頃、時代がすり変わるようにスケソウダラの特需があり、ワシがカロリーを得るためにスケソウ漁場へ集まった。
しかし、スケソウダラの漁獲量が30年後には大幅に低下し、羅臼町の産業構造にも変化が生まれる。

 そして今。
それぞれの観光船会社は最初、単に事業として魚類の加工で生じる頭や内臓等の廃棄物をもらい受け、いわゆる「アラ」を適当にまいてワシを集めていたのだという。
しかし世界遺産に認定されたり、世界の中の知床が貴重さを増してきた昨今に「このままではいけない」と関係者の模索が始まった。
1つのシーズンにどれくらいの餌が適当なのか、環境やワシ以外に集まる鳥に影響は出ていないか調査をし、データを業者間と専門家や環境省がすり合わせ、廃棄物を与える事や廃棄する事との区分けを明確にするために、アラではなく購入した一匹の魚そのものを与え、ワシにとっての過去のスケソウダラ漁の再現を試みている。
一つの場所や人物が、時代の変化のために、好むと好まざるに関わらず役割が変わったり、役割を負ってしまうことがあるが、羅臼の地は、今やワシの越冬地として重要度を増している。

気温が上がり、霧に覆われた半島が姿を現し始めた。

気温が上がり、霧に覆われた半島が姿を現し始めた。

 オオワシ、オジロワシの海外での繁殖地は今、エネルギー関連やその他の開発により打撃を受けているという。
開発によって生息域の狭まったクマが、ワシの巣を襲う事例も多発しているというニュースや、全体的な総数は横ばいだが、若いワシがかなり減ったというデータがある。
若い個体は繁殖には欠かせないし、大きな鳥類の寿命は長くワシは50年ほど生きる。
つまり、それぐらい時間が経過しないと問題の実感もつかみづらく、実感した時には手遅れになる。
基本的に環境は悪化しているわけで、年齢構成が偏ってワシの数が横ばい、ということは広範囲で移動する渡り鳥の、生活の一角に変化が現れた途端に数が下落する可能性が大きい。
‥書いている途中で気がついたが、なんだか我が国の人口構成の問題点にも似ていて、何を論じているのかと軽くめまいがしてくる。

 

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 元々は人が作り出した問題だが、人が手を加えなければ姿を消したであろう生き物は多く、残念な話だが北海道の自然は今や完全に人間の手のひらにある。
丹頂鶴やシマフクロウも進行形で人が餌や繁殖場所を与え、管理しているし、今は増えすぎて問題になっているエゾシカも一時は絶滅直前までひた走り過去には保護の対象になった。

海外の自然遺産や国立公園に目を向けると、保護のための貴重・希少種への餌やり例は珍しくはない。
それらのどれもが、いつかは人の手を離れて維持されていくことが理想ではあるが、今の世界の、守るべき自然への自制心の程度を見る限り、これは着地点の見えない遠い未来だ。
自分の住む土地を愛し、世界の関連地と関係を深め、必要な、求められる対応をそれぞれの関係者や研究者ですりあわせていくことが今後は更に必要になるだろう。
いつか、オオワシが人の手から羽ばたける日を目指して。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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