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Vol.48 オオセグロカモメ、断崖の住人

2015.6.8

 知床の初夏はしっとりとし、霧や雨を含んだ風は地表を冷却する。
陽が顔を見せればたちどころに気温が上がり動植物を温めて、雨、霧、青空が、かわるがわる陸地を海を撫でていく。

巣作りの始まりは五月の二週目くらいから。

巣作りの始まりは五月の二週目くらいから。

 夜明け前のまだ薄暗い時間、カヤックを海に滑らす。
ほとんど静止したような冷たい海風が首筋にさわり、思わず身体が縮こまる。
静けさを楽しみつつ、潜んでいるかもしれない生き物を気にしつつ、断崖に沿って静寂を破らないよう丁寧にパドルを水中に押し込み進む。
遠くに見える羅臼岳の背の輪郭が強くなり、ほの暗い空がわずかに明るさを増すと、いろいろな鳥の声が陸からも海からも徐々に聞こえ始め、大気が目を覚まし夜が明ける。

国内では最大種で翼開150センチほど。

国内では最大種で翼開150センチほど。

知床の地形は、冬に訪れる流氷が永い時間をかけ陸地を削って出来上がった。
特にウトロ側の海域は、ロシア海域から南下する流氷を受け止める地形になっているので流氷や潮汐、凍結による掘削効果も大きく、断崖には岩棚、洞穴が散在し複雑な表情を見せ、あちこちに海鳥が営巣している。

早朝、霧に包まれた断崖の滝に鳴き声が響く。

早朝、霧に包まれた断崖の滝に鳴き声が響く。

静けさを破り、ニャァァァァァッァア!!!ニャァァァァ!!と鋭い鳴き声が幾つも重なり響いた。
この先で、おそらくオオセグロカモメの巣が襲われている。
案の定、小さな岩岬を回り込むとオジロワシが頭上を通過し、ワシの後方には数羽のカモメが威嚇のために追跡し、続いてきた。
ワシの狩りが成功したかどうかはわからない。
しかし、カモメの猛反撃にワシはほうほうのていで逃げていった。

北欧のある島ではカモメの卵が最上のご馳走らしいが、僕はちょっと食べる気にはならない。

北欧のある島ではカモメの卵が最上のご馳走らしいが、僕はちょっと食べる気にはならない。

以前にワシの巣を観察した際、食事の内容には魚もあったが大半は何かしらの鳥であった。
半島には2~3キロ間隔でオジロワシの巣が点在し、ワシの巣の内部には常に鳥の死骸が転がっていて、何日かをかけてワシのヒナは干し肉的にしゃぶったりかじったりして過ごす。
この辺りの岸壁に産み育てられるカモメの卵やヒナは、その9割がワシによって捕食され、時にはヒグマが海を泳ぎ、岸壁をよじ登り卵にありつくなんていうことも度々ある。

卵と似たような模様のヒナ。

卵と似たような模様のヒナ。

オオセグロカモメは決して弱いだけの生き物ではない。
動物は感情の動きに率直で、狩る立場は「気持ちに余裕があるから襲うことができる」ため、少しの優越感を必ず持ってしまい、それは侮りと失敗につながり易い。
反面、狩られる立場は心根が決まっているため、単に実力以上の強さと気迫を持っている。
実際に、襲われる鹿がクマをやりこめてしまうのを幾度か見たし、ワシがカモメに遅れをとることもまたよくあるのだ。

好奇心が強く、天敵がいなければすぐに巣の外に出る。

好奇心が強く、天敵がいなければすぐに巣の外に出る。

しかし海岸線はワシの偵察・狩猟線上にあり、複数のオジロワシやカラスの毎日の執拗な襲撃の前には、やはりどんなに気を張った防御も崩されてしまう。
他者に捕食されることがかわいそうだな、と思う反面、ひな鳥とか卵は旨いよね、とも思う。
きっとワシやクマは反撃される覚悟を持った上でこの時期を心待ちにしているのだろうし、何より彼らの子供たちが腹を空かせて待っているはずだ。

強い光が岸壁と海中に差し込み始めた。

強い光が岸壁と海中に差し込み始めた。

 次第に明るさが増し、低く覆っていた霧を光が散らし、いろいろな海鳥たちの鳴き声が賑やかになってきた。
陽光はたくさんの生きものの身体とカヤックを照らし温め、すでに僕のジャケットの表面は熱を持っている。
今日もカモメのヒナはワシに襲われるだろうが、一方で生き残るものはすぐにやってくる巣立ちへとぐんぐん成長が進む。

ワシを撃退するカモメ、唐突だったのでブレてしまった。

ワシを撃退するカモメ、唐突だったのでブレてしまった。

 あと少しで海には釣り船や観光船が行き交い、人の生活音で大気が満たされ、静かな時間は終わりを告げる。
今日はもう帰ろう、僕の一番好きな時間もまた明日以降へと持ち越しだ。

親と全然違う身体だが、すでに「カモメです」という風格が漂っている気がする。

親と全然違う身体だが、すでに「カモメです」という風格が漂っている気がする。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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