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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.53 色彩、鮮やかにまとって。

2015.11.5

 寒い季節になってきた。
水辺は寒暖の差が大きいらしく、湖畔の木々が鮮やかに染まっている。
こういった視覚的に大きな変化は、僕を観念させ、もうこんな季節か‥とお決まりの言葉を湧き上がらせる。
今年もこれしか歩けなかったのか‥と日々を振り返り、うなだれ、考えても過ぎたものはどうにもならない。
何をやっても、些細な事も到達には時間がかかるし、達成したことは気が遠くなるほど小さな一歩であり、その時点ですでに経過でしかなく、新たに次の課題が起き上がる。
ただの欲かも知れないし、そもそも、ある年齢を境に、どこに向かって自分が歩いているかも定かではなくなってきた感もある。

真っ赤に染まる樹葉、これでも紅葉のピークは過ぎている。

真っ赤に染まる樹葉、これでも紅葉のピークは過ぎている。

 背負った重い機材を降ろし、静まりかえった波一つ立たない湖面を前に、僕は服を脱ぎ始めた。
陽光が降り注ぐ暖かな日ではあるけれど、肌を露出するとやはり空気は冷たく、ひんやりとする。
周囲に誰もいなく、人目を気にせず自然の中での全裸は開放感があって気分がよい。
北欧やロシアの、今見ている風景によく似た美しい湖や川のほとりに住む人々がサウナや風呂のついでに裸で湖に泳ぐ気持ちがわかる気がする。
と言っても寒い。体温が下がる前に(水中での行動時間が減ってしまう)すぐに窮屈なウエットスーツを着なくてはいけない。
フードをかぶり、グローブをはめ、ゴーグルを装着して撮影準備が整った。

産卵期、ヒメマスも赤く色付く。

産卵期、ヒメマスも赤く色付く。

 一歩進むごとに深くなり、じわじわとスーツ内部に浸み込んでくる冷水を感じながら水中へ身体を潜らせる。
水底から見上げると、紅葉に反射し増幅された陽の光が湖水を透過して、水中が黄金色に明るく輝いていた。
婚姻色で真紅に染まったヒメマスたちは、産卵に適した位置や、卵を抱え定位するメスを気にしつつ、石や水草の無い砂地の狭い範囲だけを泳いでいる。

画面奥の個体が唯一のメス、改めて見ると手前のオス群に緊張感がうかがえる。

画面奥の個体が唯一のメス、改めて見ると手前のオス群に緊張感がうかがえる。

時々、メスが窪地になった産卵床を掘ったりしているが、なかなか婚姻の成立は難しいらしい。
数の多いオスは情熱に身を任せ熱烈に求愛すれば、下手をすると関係の回復ができないほどにメスに嫌われ、逃げられてしまう。
ゆっくりと所在無さげを装って、実はそれぞれを推し量りつつ、行ったり来たりする様は椅子取りゲームとちょっと似ている。

正午過ぎ、雪虫が飛び始めた。 まとまった降雪が数日中にあるはず。

正午過ぎ、雪虫が飛び始めた。
まとまった降雪が数日中にあるはず。

面白いのはある瞬間、一匹のオスがヒレを立てたり、立ち止まったりと、体を特徴的に動かすと遠巻きだった周囲のオスが一斉にわらわらと、自動的に集まってくる。
こういった行動はシシャモやヤツメウナギ、サケやウグイでも見られるけれど、フェロモンによって制御されているらしい。
「婚姻がうまくいくかもしれないよ」的なフェロモンが出ているのかもしれない。
ひとつがいのペアリングがうまくいき、産卵が始まればすれ違いざまに大勢のオスも産卵行動へ加わろうという仕組みなのだろう。

少し陽が陰ると水中には一足先に夜が訪れる。

少し陽が陰ると水中には一足先に夜が訪れる。

「周囲のオスが集まってくる‥」この動きの直前、魚はある種の興奮状態で警戒心がおろそかになり、短い時間、至近へと近づくことができる。
細かな様子を見逃さないよう観察し、魚が逃げないギリギリに距離を詰め、瞬間のシャッターチャンスに備える。
そういえば、組織における人間の男女関係も失恋したとかしないとか、一部の付き合ったとか別れたとかを発端に全体が「えぇ?」と驚くぐらいの大きなドラマを見せることがあるなぁ。
と、ヒメマスとは関係のない、諸々の生物の行動原理についてファインダーを覗きながら考えを巡らすのだった。

砂中に埋まる息絶えたアメマスを見つけた。 産卵期はヒメマスよりも若干早い。   彼の立派な体格と青く美しい色彩は無事に受け継がれただろうか?。

砂中に埋まる息絶えたアメマスを見つけた。
産卵期はヒメマスよりも若干早い。  
彼の立派な体格と青く美しい色彩は無事に受け継がれただろうか?。

道東における、ヒメマスの産卵時期の日没は16:00くらいで日光が出ている時間帯が短い。
高い位置から陽が差し込む10:30から14:30くらいまでが撮影に適していて、これ以前も以降も水中は暗くなってしまったり、差し込む光の加減が変わったりで狙った絵が撮れない。
現在の水温は5~6度。低い水温の中、短い時間で済むのは助かる‥
と言いつつ撮影を始めるのだけれども、僕はどうにも諦めが悪い性格のようで、いつも際限なく粘り、帰りがいつも夜になってしまう。
子供の頃は、この性格のせいで「帰りが遅すぎる」と幾度も激しく(小一ですでに深夜に帰ってくるのだから仕方がない)両親に怒られ、父に釣竿を折られたり、遠くへ移動できないように自転車の車輪を外されたりした。

良い一日だった。

良い一日だった。

今日も身体はヒエヒエで過去の傷がじくりと痛んだり、体力を消耗し、声も鼻声気味。
しかし美しいものが見れた日はその場を去り難く、すぐに家に戻る気にはなれないものだ。
明日も来ようかな?

 

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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