日本全国の動物園と水族館をつなぐ情報誌、「どうぶつのくに」「どうぶつえんとすいぞくかん」公式Webサイト

どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.56 エゾモモンガの棲むところ。

2016.2.7

 「北海道にもモモンガがいるんだなぁ」と実感したのは今から10年ちょっと前だったか。
お恥ずかしい話なのだが、細かいことを気にしない田舎者の僕は、普通に見ることができる大きめの動物にばかり目がいっていた。
それまでの経験では、森を歩いて出会う似たようなサイズの動物はエゾリスやシマリス、あとは、より小さなヤチネズミなどの野ネズミ類だけだ。
モモンガが居るらしい事は資料として判っていたが、郷里での生活ではモモンガに会った事はないし、現実感のない相手だったことが、あまり興味を持てなかった原因かもしれない。

軽い雪崩が起こり、ひるむモモンガ。

軽い雪崩が起こり、ひるむモモンガ。

 そして、これまた非常に恥ずかしいお話なのだが、モモンガの初情報を持ってきたのは母親だった。
当時、僕はエゾユキウサギの写真を撮りに実家近くの山へ入っていた。
うまくいかなかったその日の撮影を終え、山を降り、実家で夕飯を食べている時。
「スキー場でね、最初は雪の上に丸いものがいたんだけど、すぐに木を登り始めて立ち木から森へひゅーっと布切れみたいなのが飛んで行ったのよ」と母が言う。
僕はご飯を食べながら「あぁ」と、ナマ返事をした。

大小の枝を自在に使い移動する。

大小の枝を自在に使い移動する。

心の中も「あぁ‥」だった。
スキー場かぁ‥という気持ちと、すでに母に先を越されている具合悪さ。
と言うのも、母はスキーのシーズンはインストラクターをしているので、夜は毎日スキー場へ行っている(今もやってるらしいから恐れ入る)。
町営のスキー場とはいえ、照明はかなり明るいし、利用者も多い。
「あんな騒々しい場所に‥」という侮りも多分にあったと思う。
けれど頭の中の地図を探ってみると、枯れ木、小さな孤立した森、後に控える大きな森林群、などの位置関係が、まだ見ぬモモンガの移動や生息にかなりうってつけに思えた。
ここでの滞在時間も残り少ないし、ウサギの撮影も調子が悪い、これで何かしらの発見やネタが拾えるかもしれない。
興味をうまく植えつけられてしまったようだ。

この巣穴には7匹ほどが集団生活をしている。 穴のすぐ脇に、実は僕がバレバレの偽装でじっとしているのだが、何度か数匹が直上から頭へ飛び乗り、身体中を歩き回った事がある。 偽装網と帽子を越えて頭皮を刺してくる彼らの爪が痛く、なるほどこれなら樹上を容易に移動できる、と納得したものだ。 

この巣穴には7匹ほどが集団生活をしている。
穴のすぐ脇に、実は僕がバレバレの偽装でじっとしているのだが、何度か数匹が直上から頭へ飛び乗り、身体中を歩き回った事がある。
偽装網と帽子を越えて頭皮を刺してくる彼らの爪が痛く、なるほどこれなら樹上を容易に移動できる、と納得したものだ。 

 次の日の午前中、スキー場に人は皆無で、白い雪面にはぎらぎらと光がうるさく反射していた。
道南地域は相当古い時代からの植林が盛んで、山奥へは二次林、三次林が広がり、スキー場の急激なコースや緩いコース、長いコース、がスギやアカマツ、クロマツなどの森の不連続な連なりでそれとなく仕切られている。

1日に数回の、食事や排泄、散策、は同居するすべての個体が同じタイミングで行う。

1日に数回の、食事や排泄、散策、は同居するすべての個体が同じタイミングで行う。

その木々の中に、樹皮が無くなり、穴ポコだらけの立ち枯れた木が幾つか立っていた。
付近では木をつついているアカゲラが、コツコツと小さく音を響かせている。
僕は木を見上げて「うーむ」と唸ってしまった。
昨晩の、母がモモンガを見たという場所がここだとは思うのだが‥。
このいっぱいある穴ポコの、どれに潜んでいるというのか?

裂け目タイプの巣穴から、印刷物のように出てくるモモンガ。 見た目よりは広い空間が木の内部に広がっている事が多く、巣穴を覗いても何かが見える事はない。

裂け目タイプの巣穴から、印刷物のように出てくるモモンガ。
見た目よりは広い空間が木の内部に広がっている事が多く、巣穴を覗いても何かが見える事はない。

―ここまで、僕が北海道で写真を撮り始めたばかりくらいの、右も左もあやしかった時代のお話です。
なにか穴ポコがあればモモンガが必ずいるわけではないですし、凍結し、割れてできた木の裂けめを使い、生活していることも多いように思います。
当時はそのあと、時間の関係で、実際の姿を見ることまでは叶いませんでしたが、雪面に残されたモモンガの足跡などを見つけ、生息域の一つのパターンを知ることができました。
一見、あまり価値がないようなことでも足を運ぶべきだなぁ、とこの時の経験は後の良い教えになっています。
些細な事でしたが、この時に自分はいつか、すごい良いタイミングでモモンガに会えるだろう、とも思いました。
なぜなら、あとはひたすら生息環境のさらなる絞り込みをやればいいだけですし、場所や土地を変えても、大きくモモンガの習性が変わることはないでしょうから。
意外かもしれませんが、いきものとの出会いに偶然は少なく、何かしらの積み重ねが効いている事が多いのです。
こうやって数年後、僕は楽しくモモンガとの時間を過ごすことができたのでした。

麦状のものがモモンガのふん。 穴や裂け目の周囲にこれがあれば生息が確定だ。

麦状のものがモモンガのふん。
穴や裂け目の周囲にこれがあれば生息が確定だ。

 北海道のさまざまな場所、町とか家のすぐ近くや公園に、きっと探せばモモンガはいます。
そして、それぞれの地域の方々が「見た事ないけど、モモンガいるよ」とか即答できる感じになれば、自然環境も随分変わってくるんだろうなぁ。

興味を持って近づいてきた、綺麗な眼。

興味を持って近づいてきた、綺麗な眼。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

カテゴリー

カテゴリー一覧

このカテゴリーの他の記事

ページTOPへ

Copyrights © 2010 Doubutu-no-kuni All Rights Reserved.
誌面、Webにおけるあらゆるコンテンツの無断複写・転載を禁じます。