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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.57 油断

2016.3.10

 2月の中頃に雨が降った。
この時期に雨? というのが知床では正常な感覚だ。

本来は厳冬のこの時期に雨なんかが降る訳はないが、北極圏から押し出される寒気と、南から突き上げる暖かな高気圧が以前より知床周辺でせめぎ合う事が多くなり、2月の雨で現れたのだろう。
寒気や暖気、気圧が今までにはない形で大きくブレている。

冬眠明けの、機嫌の良さそうなクマが白い息を吐いて来た。

冬眠明けの、機嫌の良さそうなクマが白い息を吐いて来た。

それから数日、ぼくは予感を胸に、いつもは行かない場所へ探索に出かけた。
深い雪を踏み、想定される通り道をたどって“違和感“を探す。
動物の発見にハズレはあっても偶然は無い。
要求されるのは正確な分析と、根気、何より閃きだ。

その閃きが当たった。
「遠くに見える黒いものはクマに違いない」脳内の生き物のフォルムが、遠方の黒い物体とピタリと重なる。

クマの予想を裏切り、対等以上に渡り合うエゾシカ。 体は痩せ消耗もしているが、渾身の突きが、もし相手の目や喉に刺されば命を奪うに充分だろう。

クマの予想を裏切り、対等以上に渡り合うエゾシカ。
体は痩せ消耗もしているが、渾身の突きが、もし相手の目や喉に刺されば命を奪うに充分だろう。

斜面を目立たないように駆け上がり、クマからは死角の丘を滑り降り、レンズを設置し待ち構えると、ファインダー越しに表情のゆるいクマが確認できた。
この顔は大きなクマにはありがちだ。
艶のある、長い毛足と丸みを帯びた背中。
一般的に想像されるような、冬眠明けの飢えた感じは全く見られない。
久しぶりの外界の散歩を楽しんでいる「ゆるい顔」は目覚めたばかりなのだろうと思われた。

背水、気迫。

背水、気迫。

 いつもの事だが、怖い。
クマの距離が近づくにつれ緊張度が上がってくる。
クマは何かを襲う時、むやみに突進する事はあまりない。
彼らは、自分の身の安全が確保されるように、自分が有利な展開になるような地形や相手の性別、実力を判断した上で行動を決定する。
なので「追われる側」は何かがあった時、クマが迫ってきた時、追跡を受けてしまった時、襲われた時など、襲撃を回避するのに最適な行動やポジションがある。
逆に、絶対に身を置いてはいけない位置もあるし、心地に気合を入れるのも重要だ。
こういうことは、自分の経験の積み重ねからの方法論であり、何をどれだけ追求したところで、無事故の確率を上げることはできても未来の事は分からない。
何より「クマからの印象」が大事なのだから、性別や体格、性格や動きの違う僕以外の人であれば全く違う方法論が必要になってくるだろう。
そして、どんな方法論や経験値を持っていても、大きな動物の威圧感はやはり怖い。

耳にかじりつくものの、完全に腰が引けている。

耳にかじりつくものの、完全に腰が引けている。

 怖い気持ちと、読みが当たっている手応えと、見とれるような立派なクマへの、ないまぜな気持ちをもってファインダーを覗いていると、クマが何かを気にしている事に気がついた。
音なのか?、空気なのか?、何かに反応してキョロキョロしている。
風向きも音も、完璧に判断の上、僕はクマに近づいた。
クマが僕に気づく事はあり得ない。

何だろう? と思っているとクマの気になる方向が確定したようだ。
今度は僕が、クマが何を気にしているかが気になって仕方ない。
残念だが撮影には一番良い場所を放棄して、遮蔽を回り込んで移動、一気に国道に面した斜面を駆け、体ごと雪面を滑り降りた。

一度、距離を置くクマ。 これで勝敗は決した、野生に二度目は無い。

一度、距離を置くクマ。
これで勝敗は決した、野生に二度目は無い。

姿勢を整え、クマの視線の先と「何か」を探し、しばらく眺めた後、合点がゆく。
雪で覆われた雪崩防止の鉄柵を、大きな雄のエゾシカが踏み抜いて動けなくなっていた。

降雪期、鹿は海岸線へ集まってくる習性を持つ。
木々が密生した森林に比べ、吹きさらしになる海岸は雪が吹き飛ばされ、積雪が浅い。
それに斜面や、険しい場所であればあるほど、他の鹿が枯れ草を食べてしまう可能性は低いし、足で掻いてやれば、雪は斜面を転がり落ち、簡単に地面をほじくり返す事ができる。

生き延びたが、氷の砂漠へ踏み出してゆく。

生き延びたが、氷の砂漠へ踏み出してゆく。

しかし、まともに雪が降り始めて今は三ヶ月ほど。
雪下の、栄養に乏しい木の根や乾燥した植物などを食いつないできたどの鹿も、ほとんど飲まず食わずの状態であり、体は痩せ、判断力や体力は限界に達している。
大きな雄鹿は、もがくばかりで、なかなか鉄柵から抜け出す事が出来ないようだった。
ゆっくりと白い息を吐き、にじり寄るヒグマと、焦り空転する雄鹿。

野生の原則では、立ち位置がより高高度であればあるほど有利になる。
もはや運命は決した。
はず、だった。

 

7

 

雄鹿は、最初からすでに活路が無いことを悟っており、選択肢の無いことが、彼の肚を決めさせた。
射るような眼でヒグマを見据えると、大きなツノをピタリと制動し、構える。
ヒグマの顔からは、、ゆるい表情が消えなかった。
僕はクマの心地に油断があるのを見た。
極まった鹿に比べ、必死さが、明らかにヒグマに欠けている。
大きな「確定した肉」の収穫を前に、鹿を侮り、驕り、慢心しているのだろう。

時間が経つにつれ、体温は奪われ、沈んでゆく。

時間が経つにつれ、体温は奪われ、沈んでゆく。

ヒグマに頭を抱えられながらも、雄鹿は必死に、体重を乗せ、ツノを突き刺す。
自分を絡め取っていた憎き鉄柵さえも、後ろ足を蹴り出す足場に利用し、全霊をもってツノを突き出す。
クマの表情は、それでもゆるさが消えなかった。
弱った鹿などに、遅れを取るはずのないクマの慢心は、すでに怯えに変わり、腰が引けているのが見て取れる。

取っ組み合い、鹿に手を焼くヒグマは一旦、斜面を登り距離を置く。
鹿は当然、逃げを打つ。
機を得て去っていく鹿を見て、クマは、何度も諦め切れないそぶりを見せたが、執拗ではなかった。
何度も後ろを振り返り、戻り、を繰り返すが、すでに元の位置に鹿はいない。
そして、ヒグマは森へ去った。

零下の海が全てを絶った。

零下の海が全てを絶った。

 大鹿は一度、生き延びた。
けれども、あらゆる恐怖や興奮が、体力を使い果たした彼から判断力を奪っていた。
もしかしたら、子供時代の、ちょっとした遊びの経験が不足していたのかもしれない。

何を思ったか、見晴らしの良い安全な場所へ、とにかく逃避したかったのか、それとも、単に心の疲労を払拭したかったのか?
鹿は薄く、やっと歩ける程度の硬さの海氷へ、沖へ、沖へ、歩を進める。
さっきまで雲に覆われていた陽が、蒼い海氷を照らし始めてもいた。
そして、いつしか鈍い音がして、雄鹿は零下の海へ落下する。
もがいても、もがいても、二度目はなかった。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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