日本全国の動物園と水族館をつなぐ情報誌、「どうぶつのくに」「どうぶつえんとすいぞくかん」公式Webサイト

どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.59 芽吹き

2016.5.6

 春と冬が交互に押し合い、徐々に冬の勢力が減衰していく季節。
やせ衰え、どうにか冬を生き延びたエゾシカは一息をつき、昆虫や植物も活動を始め、哺乳動物では珍しい冬眠ができる大型動物のヒグマもやっと目を覚ました。

しんと静まり返った森をクマがゆっくり歩いていた。

しんと静まり返った森をクマがゆっくり歩いていた。

傾向として僕は今年のヒグマ出没は早いだろうと予想していたが、大きく外れ、遅かった。
予想の根拠は暖冬で雪が少ない事、昨秋のドングリが凶作であった事、周囲のクマがかなり早い時期から姿を消し、早く冬眠したらしい(一部のクマはしぶとく畑のニンジンに付いていたが)事などだった。

昨年、晩秋のヒグマのフン。 食べられたヤマブドウの種も冬を前に眠りに入る。

昨年、晩秋のヒグマのフン。
食べられたヤマブドウの種も冬を前に眠りに入る。

はっきりとした事はわからないものの、ヒグマは食物の有る無しで冬眠場所や期間を調整しているフシがある。
なので早くに活動を始め、シカを襲いはじめるだろうと考えていたのだが。
通常、冬眠明けのクマは暫くの間、秋に実り落ち、雪の下に残されたドングリやクルミを食べて過ごす。
冬眠明けが遅くなった考えられる理由としては、ドングリの凶作を踏まえ、平地での新芽が芽吹く時期を見込み、降雪量が期待できる高標高で長めの冬眠をした? のかもしれない。

年を超えたフンと色々な種。 大粒の種はヤマブドウ、小粒の種はコクワだろうか?色々混じっている。

年を超えたフンと色々な種。
大粒の種はヤマブドウ、小粒の種はコクワだろうか?色々混じっている。

目覚めたヒグマはどこかゆったりしていて、まずは冬眠していた地点を中心に「今日よりも明日、明日よりも明後日」という感じで螺旋状にぐるりをまわり、食べられるものや危険の有無を丹念に調べ、行動半径を徐々に広げてゆく。
おそらく、冬眠時とは違う使い方になる体力や感覚を環境の変化に馴染ませていく必要があるのだろう。
このあたりは、一般的な人間の行動や思考、生活よりもずっと慎重に思える。

過酷な環境を眠り、しのいだヤマブドウが芽吹いた。

過酷な環境を眠り、しのいだヤマブドウが芽吹いた。

冬と春のはざま、緑の無い森は一見、食べものが皆無に見えるが、ワラビや木の葉の枯葉が積み重なった暖かい所には羽虫、石の下などにはワラジ虫などが潜んでいる。
クマはそういったポイントを見つけるとしばらくそれを食べるが、すぐに止め、また螺旋上の移動を継続し続ける。
これで、死んだばかりのシカや何かしらの肉、ドングリやクルミなどの高カロリーな食物があれば一ヶ所での滞在が長い。
長い滞在時間と移動の継続の判断の境目は「食べる事で得られるカロリー」≠「移動する事で得られる更なる食物や知見」の関係だと思われ、これを端的に表現すると楽しいか楽しくないか、‥かもしれない。

何かしらの新芽を食べるヒグマ。 山際の傾斜地は雪解け水を豊富に含んでいて、水を好む植物がぐんぐん伸びる。

何かしらの新芽を食べるヒグマ。
山際の傾斜地は雪解け水を豊富に含んでいて、水を好む植物がぐんぐん伸びる。

ドングリが全く無くても、絶えず移動を続けるクマのゆく先には、冬に死んだシカのホネくらいは落ちているもので、ホネを上手に割り、中の髄を丁寧に食べたりもする。
そうこうしているあいだに、植物の新芽が土を破り姿を現わすと、慎重な螺旋移動は終わり、夏期の広い行動半径へ移行していく。
しかし意外に大方のクマの行動半径は、大きく変化するものではなく(ちなみにオスの行動半径は最大で70キロ内外と推定されているが、これだって「一山」の範囲に過ぎない小さなスケールだ)。

ルートにこだわる生活は食事や排泄を通し、骨や虫、木の実や種子を肥料や種に変え、結果的に周囲の環境を自分好みに変えていく。
「今日よりも明日、明日よりも明後日‥」森をよく知り、食べれるものを食べ、種をまき、環境を育てるクマの生活を観察すればするほど、彼らが堅実な農夫のように思えてくる。

雪解けが進む。

雪解けが進む。

365日を野で過ごすクマの生態や経験値には僕がいくら頑張ってみたところで追いつき難く、わからない事や知りたい事は数多くある。
いつかは原野で虫に刺されまくり、臭くなった衣服や身体を気にせず生活し、深く山野を理解してヒグマのように暮らしてみたい、というのが僕の願いなのだが未だに果たせていない。

コブシの花が咲いた。

コブシの花が咲いた。

 少々話は変わるが、レヴェナントという新作映画を見てきた。
アメリカ開拓期の、クマに襲われた人間の顛末を描いた映画で、好きな分野でもあり、映像も美しく満足して帰ってきたのだが、幾つか違和感があった。
普通、静かな森を歩く際は周囲を警戒して歩くものだ。

自らが育てた森でうっとりまどろむ。

自らが育てた森でうっとりまどろむ。

その際、森林内の近くにクマがいれば「捕食のために待ち伏せされない限り」小さくパキパキと小枝の折れる音がし、前もって存在を知ることができる。
とは言っても、人はずっと集中が続くものではないから、むやみに早く歩いたり、短い時間何かしらの思いにふけり、音を忘れると考えのないままにクマの攻撃範囲へ入ってしまう事があるが、このクマとの遭遇・対峙の場面に映画と実際の差を感じた。

伸びよ、伸びよ、ぐんぐん伸びよ。

伸びよ、伸びよ、ぐんぐん伸びよ。

これは演出的なもので目をつぶるべきだと思う一方、主人公にとっては主観なのだから、おっちょこちょいな性格の方だったのかもしれない。
(娯楽作品の物語である、という事を度外視すれば、全体的にかなり落ち着きのない主人公だと思います。しかし映画の主人公が落ち着いていたら大抵の物語は進まないな‥)
原作は実話だがフィクションの部分が多い。しかし自然への畏怖や敬愛を感じる事ができる作品で、ウィルダネスが好きな方には是非お勧めしたい。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

カテゴリー

カテゴリー一覧

このカテゴリーの他の記事

ページTOPへ

Copyrights © 2010 Doubutu-no-kuni All Rights Reserved.
誌面、Webにおけるあらゆるコンテンツの無断複写・転載を禁じます。