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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.60 山は保育園。

2016.6.7

 寒く冷え込んだ朝。
鬱蒼と周囲を埋め尽くす笹原をガサガサ分け入っていると、葉が折れ、擦れる音に混じり「パキリ」とかすかに音質の違う、何かが折れる音を耳が捉えた。
瞬間、マズイな‥という感覚が全身を駆け巡る。
自分の動きを止め、神経を澄ますと「大きくはないが小さくもない」くらいのヒグマが近くに居ることに気付いた。

知性をたたえた眼差しの母グマ。

知性をたたえた眼差しの母グマ。

出会い方として一番嫌なパターンだ。
クマの顔に注意深く、威圧しないように目線を合わせる。
こういう場面では最適な方法を最短で選ばなくてはいけない。
相手が何を考え、何をしたいのか、僕にどうして欲しいのか、を見極める事に集中した。

「カァ」とカラスが泣くと手前の子が目を剥いて驚いた。

「カァ」とカラスが泣くと手前の子が目を剥いて驚いた

笹の隙間から黒く小さな子グマが見える。
静かな表情の、知性のある眼差しのクマは、この年に生まれたばかりの三頭の子供を育てる母親だった。

 母への愛慕は人間の子と何ら変わらない。  「おかぁさん」という声が聞こえてきそうな甘えっぷり。

 母への愛慕は人間の子と何ら変わらない。
「おかぁさん」という声が聞こえてきそうな甘えっぷり。

本来、子供を持つ母グマほど恐ろしいものはなく、自分の不注意が原因で何度か追いかけられた経験があるが、子供から侵入者を排除するためにまるで停止装置のない機械か何かのように追跡をしてくる。

セミの幼虫で満たされたクマのフン。

セミの幼虫で満たされたクマのフン。

あの止ようのない圧力を僕は心底恐れている。
これまでの経験を総動員し、無駄な動きをしないように努め、母グマに意味が通じているかどうかはわからないが、なるべく落ち着いた声で「ごめんね」 と静かに話しかけ、目線で訴えながらゆっくり後ずさり、距離を取った。
どんな動物でも、それがたとえニワトリであろうとも、何かを話しかけると「何ですか?」という顔をするものだ。

 冬眠中、400グラム程度で生まれてくる子供は胎内の産道を通った直後、柔らかな爪が伸びてくるのだという。目も開かない嬰児にとっては山のように大きな母親の体を登り、母乳にありつく為なのだが、これはそのまま崖や木を登る訓練が、産み落とされた直後から始まっているこ とを物語っている。

 冬眠中、400グラム程度で生まれてくる子供は胎内の産道を通った直後、柔らかな爪が伸びてくるのだという。目も開かない嬰児にとっては山のように大きな母親の体を登り、母乳にありつく為なのだが、これはそのまま崖や木を登る訓練が、産み落とされた直後から始まっているこ とを物語っている。

発声のできる動物は耳も発達しているし、相手の発する音をお互いのコニュニケーションの材料にしている。
動物は意図を見抜く力が強い。
真剣に発信した場合、こちらの考えが伝わっている可能性は高い。
それだけに、自ら意図的に「範囲」へ侵入した場合は言い訳が効かないのだが。
運が良かっただけだが僕は何事もなく後退し、母グマは向こうへゆっくりと移動を始め、その後を姿の見えない子グマであろうササが揺れ動き、続いた。

エゾハルゼミは2センチ程度の小さなセミだ。  長い地中生活を終え、羽化がはじまった。

エゾハルゼミは2センチ程度の小さなセミだ。
長い地中生活を終え、羽化がはじまった。

この日からしばらくの間、僕はクマの家族の観察をしていた。
冬眠明け直後の、子を持つ春先のクマは短い期間にあまり広範囲の移動をしない傾向がある。
子グマの体重は10キロ弱程度、これではヤブに押し戻されうまく歩き回るのは難しい。

わざわざお腹の下に入り込みセミを掘る子供。  動物の学習は親の動作の摸写から始まる。

わざわざお腹の下に入り込みセミを掘る子供。
動物の学習は親の動作の摸写から始まる。

子グマにとっては経験のない、初めての世界での身の振り方を勉強し、身のこなしがこなれてくれば、体重が軽くても早く歩き回ることができるし、初夏 から始まる発情期の危険なオスグマの追跡をかわすこともできる。
短い時間で覚えることは多い。
現時点ではセミの幼虫を掘って食べていても、気温が上がり、脱皮が一斉に始まる前には次の時期の食料を求めて移動を始めなくてはいけない。
「一つが完了してから次の場所へ」では最適な時期に出遅れてしまうからだ。

掘り返された周囲の木の根。

掘り返された周囲の木の根。

母親が色々と教えてくれるのも3年目のハルゼミの季節までで、どこに行けば何が食べられるかを2年間で覚えておかなくてはいけない。
野生の生きる時間は余るほどあるようであまり無く、無いようで、また有るのだ。
その中で母の庇護のもと、遊び、学び、様々な事柄を覚え、たっぷり甘えて身も心も満たされて育ってゆく。

エゾハルゼミの季節は出現から一週間ぐらいで終わり、知床は初夏を迎える。

エゾハルゼミの季節は出現から一週間ぐらいで終わり、知床は初夏を迎える。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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