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Vol.3 カラフトマス

2011.9.6

北海道では、八月も中頃を過ぎると秋の気配が漂い、森林の緑も柔らかさを失う。
そして、ドンゲ(イタドリ)の花が咲き始めると同時に、道東の川へカラフトマスが戻ってくる。

長い旅を終え、故郷の海域に帰ってきた。

カラフトマスは、サケ属の中では広範囲に分布し、北太平洋、北極海の一部、ベーリング海、オホーツク海、日本海を回遊するものの、 国内での産卵遡上は、道東とオホーツク海に面した川が主な地域だ。
2~3年を海で過ごし、旅を終え、川へ戻るが、母川へたどり着く精度は3割程度らしい。

懸命に遡上する。

淡水の流れ込みがあれば、生まれた川に関係なく遡上してしまうという無頓着な性質をもっていることから、サケ類のなかでも新しい種属だとされている。
歴史的には、出生河川にこだわらないその性質が、北海道の隅々まで、豊かな植生発達を加速させるのに一役かったかもしれない。

 

北海道の自然は、カラフトマスが支える割合が大きい。
捕獲された魚体にトドやアザラシの咬み傷が刻まれている事も多いし、川に遡上したものは鳥類や、ヒグマを頂点とした陸上の動物が狙う。

森へ戻る。一生の総仕上げだ。

動物たちが、排泄や食べ残しを森に置いていくと、それは森林に還っていき、産卵を終えた後、残される死んだホッチャレ(くたびれたサケ、マスの意) は河畔林の優れた肥料になり、プランクトンと自分の子孫を育て、栄養分として終わりのない旅を続ける。

永い時を積み重ね、森の根幹を作り上げて来たカラフトマスと動物たちだが、その関係は今、ごく一握りの地域でしか成立していない。
広い北海道のどこへ行っても、川という川の下流域には人間の生活空間があり、万が一クマが人目に触れようものならハンターが動員され大騒ぎだ。

短い期間の旬を口にする。涙が出るほど美味いにちがいない。

そして、カラフトマスは河口近くに設置された、増殖事業用のウライで一網打尽にされ、仮に上流へ進んでも、砂防ダムや護岸に行く手を阻まれる。
海の際まで山裾が延びている川なら、開発が難しいので、比較的良好な自然相が残されているが、全てが渓流域になってしまい、勾配がきつく、遡上範囲は狭くなり、 森や獣にカラフトマスの恩恵が届くことは少ない。

木との対話、根元には魚の残骸が落ちていた。この木をクマが育てている。

根本的な生命のダイナミズムが失われている、そういった土地が大部分だというのが北海道の実情だ。

一つの季節の終わりと、始まりの象徴の花。

 

野生の生き物を目にした時の高揚感とうれしさ、そして、普段の生活の中で彼らに感じる罪悪感。
豊かさが残されたわずかな土地と、そこに生きる生き物たちは、自然の輪から外れて生きる僕たちを、まだ、かろうじて引き止めている。 

未消化のイクラが残されていた、ヒグマのフン。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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