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Vol.9 エゾサンショウウオ

2012.3.3

ある日、突然に空気感が変わる。
ぬるんだ、穏やかな大気が山野を包み、一つの季節の終わりと、幕開けが告げられる。
しかし、寒気が返して、雪がはらはらと舞う事もあり、あいまいに、ぶれながらも、季節は進む。

雪解けの水は、身を切るように冷たい。

雪解けの水は、身を切るように冷たい。

雪が解けると、雪代は地下へしみこみ、溢れ出した地下水はあちこちに沢や池を作る。
強烈に冷たい沢水の表面には薄氷が張り、生き物を受け付けないようにも思えるが、実は、水面下には精霊が棲んでいる。

すでに産みつけられた卵塊の前に、見張りがいた。

すでに産みつけられた卵塊の前に、見張りがいた。

産卵期の始まり、どこからとも無く集まって来たサンショウウオは、日中は、水底の堆積した落ち葉の下や、泥の中に潜んでいる。
池を静かに観察していると、時折、呼吸の為にひょろりと浮かび上がり、一瞬、水面を割って出て小さな波紋をつくっては、再び、ゆらゆらと水底へ戻っていく。

集会場”へ向う個体。

”集会場”へ向う個体。

普通、一つの場所で、産卵行動が続く期間は一週間程度。
夜間が主な時間帯だが、産卵のピーク時には、日中でも真っ黒な塊になって、夢中で産卵と求愛行動を続ける。

この時期は、一カ所に大量のサンショウウオが集中するため、フクロウやキツネ、テンなどの補食動物も周囲に集まる。
そのため、人の気配に気づいたりすると、何も存在しなかったかのようにしんと静まりかえってしまう。

短い春の、僅かな日数だけ行われる、密かな祭りだ。

(乱婚)と呼ばれる産卵形態。ミケランジェロの天地創造のようだ。

(乱婚)と呼ばれる産卵形態。ミケランジェロの天地創造のようだ。

山菜を採りにいったり、渓流釣りに出かけたり、登山や、森歩きをしていても、産卵期を除いてサンショウウオを見かけることは、まずない。
僕の経験上では、過去数回、岩の下や枯れ葉の下などに偶然発見した事がある程度。
普段は体型がヒョロリと細いが、婚期には力強い、むっくりとした体型になる。

北海道では、縄文期の遺跡調査が各地で行われているが、その発掘作業中にサンショウウオを多く見かける、といった話を 未確認ながら人から伝え聞いた。
断定はできないが、湿度や温度条件のそろった土壌に生息環境があるのかもしれない。

アイヌにはパウチチェッポ(淫魔の小魚)と呼ばれた。    ライトを照らして見える光景は、密会といった様子でなかなかエロチックだ。

アイヌにはパウチチェッポ(淫魔の小魚)と呼ばれた。
ライトを照らして見える光景は、密会といった様子でなかなかエロチックだ。

サンショウウオを英名ではサラマンダーと呼称する。
かつての西洋の考え方では、この世は、地、水、火、風、の四つの元素で構成されており、それぞれの元素を精霊に例えて理論展開していた。
サンショウウオ/サラマンダーは火の精霊だそうだ。
たき火や、野火で高温にさらされると、たきぎや湿った地表からサンショウウオがはい出して来るため、火から生まれたように見えたらしい。

水を吸い、膨張すると卵嚢のシワが無くなる。

水を吸い、膨張すると卵嚢のシワが無くなる。

状態のよい森にはコケ類が発達しているものだが、そんなところでたき火などしたら、たしかにはい出してきそうだ。
うっすらと、遺跡の話とも関係がみえるようで興味深い。

以前は人里近くに普通に湿地があり、春先にはクルクルとした形の卵嚢をよく見かけたが、
このごろは、湿地や空き地があると人は「もったいない」と言って埋め立ててしまう。
駐車場や更地に変えられて、サンショウウオと共にいたであろう目立たない生き物の、近郊の生息地は消失した。

水位が急激に下がったのか、木からぶら下がる卵。

水位が急激に下がったのか、木からぶら下がる卵。

ただの迷信、といえばそれまでだが、恐れ多くも、いにしえには、世界を構成する四大エレメントだ。 祖末な扱いは、何かしらの損失を伴う。

人が、身近な他の生物や環境に向ける眼差しは、そのまま、自分の生活に向ける眼差しでもある。
価値のないもの、あるがままを認めない、排他的な姿勢は、人の心の中の湿地までも埋め立てて、感性と寛容さをなくしている。

卵塊の直径が1mに及ぶものある。 

卵塊の直径が1mに及ぶものある。 

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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