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熱帯雨林のどうぶつたち
Vol.1 マレーグマ

2011.4.24

ボルネオ島サバ州「最後の秘境」と呼ばれるマリアウベイスン。この盆地で総合学術調査が行われたのは2004年1月でした。私は助手と大学院生と共に哺乳類班を作り、調査に参加しました。当時の職場はマレーシアサバ大学でした。 
稜線を越えて一日がかりで到達したキャンプ地。今回のために架けた幅1メートル、長さ10メートルの橋を渡ると、なだらかな傾斜地にポツンポツンとテントが張られ、40名ほどが分宿していました。一番下にあるテントには鳥類班の友人がいました。 
「クマを見たよ」。彼の話では、前夜、外で音がするので見てみると、クマが吊してあった食糧袋を引きちぎっていたと言うのです。クマは、もちろんマレーグマのことです。 
「良いことを聞いた」。私は小躍りして、さっそく周囲を調べました。そして、橋の10メートル下流で、はっきりした獣道を確認しました。沢の幅は5メートル、水深5センチメートル。川床の多くは露出しています。

キャンプ地の対岸は灌木が繁る急斜面で、そのまま後背地の大きな森林につながっています。クマは森林にひそみ、夜、沢を渡ってキャンプ地に来ているのでしょう。 
「よし、夜は観察だ」。さっそく観察台造りです。「クマは、橋を渡らないよ」。彼が言い、私もそう思ました。そこで、橋が背もたれになるようにして台を組み立て、床の端を立木と橋に固定しました。こうすれば、体を動かしても台が揺れることはないでしょう。屋根と脇の目隠しは、ヤシ科植物の大きな葉を集めて作りました。20時、観察台に座りました。 日付が替わって0時05分、発電機が止まり、キャンプ地の灯りが消え、人の声も途絶えました。カエルの声だけがして、時折、フワーッとホタルが流れていきます。 
突然、ドンという鈍い音、橋の上からです。「何だろう」。続いてドンドンドンと何かが走る音。私はほとんど同時にライトを点灯しました。すると、橋を渡りきった所にクマがいました。クマは、一瞬立ち止まってこちらを見ていましたが、じきに、歩いて闇の中へ消えていきました。大きな個体で、60キログラムはあるように見えました。時計を見ると、午前1時。橋の上を照らしてみて驚きました。ベチャーッと広がったフンがあって、まだ湯気を立てているのです。私の場所から2メートルも離れていません。最初の音はクマの脱糞だったのです。 まさか、橋を渡って来るとは思いませんでした。私はクマが脇をすり抜けたことに驚きましたが、クマも、人がこんな近くに潜んでいたことを驚いたに違いありません。 
二晩目は炊事テントで待ちました。食糧が荒らされていることが分かったからです。しかし、夜遅くまで灯りが点いているせいか、来てくれません。こうして、この夜も観察は実現しませんでした。ところが、20メートル離れた林内には動物の気配があります。チリ捨て場に何かが来ていたようです。

三日目、ちり捨て場近くに観察台を設け、暗くなってから、到来を待ちました。21時40分、地上に置いた自動カメラが作動するのを確認し、ライトを点けました。どうでしょう。いました。マレーグマです。しかも2頭一緒です。まだ仔どものようです。 
2頭は、じきにチリ捨て穴にもぐってしまいました。完全に姿が見えなくなり、蓋をしたら、捕らえることができるくらいです。 
その後、穴の周囲をうろついたり、再び穴に潜ったりもしましたが、やがて斜面を下って行きました。ところが、少し行った所で止まり腰をおろしました。一休みのようです。ひっきりなしに舌で口のまわりをなめたり、手を使って吻をぬぐったりしています。2頭が、お互いの体をなめあったりもします。 
2頭は、その後も2時間おきくらいに到来しました。木の上の器材が気になるのか、立ち上がって木を揺らしたり、地上のカメラにも鼻をつけてにおいを嗅ぐこともありました。


マレーグマはアッサムから中国南部、インドシナ、マレーシア半島、スマトラ島、ボルネオ島に分布。世界で最も南に分布するクマです。学名と英名は「太陽のクマ」を意味し、マレー語名は「蜂蜜のクマ」という意味です。
ボルネオ島では、ほぼ全島的に分布。標高1300メートルくらいにまでの十分に生長した大きな森林に棲息しています。耕作地や明るい灌木林にはいません。  
世界のクマの中で最も小さく、オトナで頭胴長90~120センチメートル、尾長3~9センチメートル、体重は48~60キログラムで、がっしりした体の造りをしています。体毛は短く、全体に黒色。胸上部に白っぽい斑点かV字状の斑紋があります。かなり嗅覚が効くようですが、視覚と聴覚はそれほどでもないようです。 
主に夜行性ですが、昼でも活動することがあるようで、 私も日中、地上20メートルの高さに登っていた1頭を見たことがあります。
食べ物はハチの巣、シロアリ、昆虫の幼虫、小動物などで、ハチの巣はまるごと食べています。これらを探す時は、強力な爪や犬歯を使って、木を引き裂いています。また、果実もかなり重要な食べ物です。
その後、観察はキャンプを移動するまで4晩続けられましたが、最初の晩にちょっとだけ見たクマとの再会は実現しませんでした。 

和名/マレーグマ
英名/Sun bear
マレー語名/Beruang Madu

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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