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Vol.59 ビントロング

2015.4.25

 サバ州ダヌムバレー自然保護地域にあるレインフォレストロッジ周辺には、30メートルを超すイチジクの高木が何本かあります。果実は小指の先ほどの小さなもので、双眼鏡を使っても分かりにくいのですが、果実が熟す季節には1本の木に何万個もの実を付けるのです。この時期になると、昼夜を問わず入れ替わり立ち替わり、たくさんの動物が食事にやって来ます。そんな時は、なまじトレッキングなどに出かけないで、シャレーのベランダに腰を落ち着けて観察しましょう。その方が得るものが多いということです。滞在中のヨーロッパ人は慣れたもので、籐椅子を持ち出し、テーブルの上には双眼鏡とカメラ、野鳥図鑑などを開き、コーヒーをすすりながらチャンスを待っています。なんともリッチな雰囲気です。イチジクの木には、日中はオランウータン、テナガザルはもちろん、ミケリス、バナナリス、数種類のサイチョウ、実に多くの小鳥類がやって来ます。

 いつでしたか、そんなイチジクの木の1本に、日中3頭のビントロングを見つけたことがありました。もっとも、群れで動いているのではなく、食べ物を求めて、たまたま同じ木に来たという感じでした。ビントロングは、スルスルと枝から枝へ移り、先端の細枝で実をあさったりします。そんな時は、尾の先端を枝に絡めて吊り下がっています。真っ黒で大きな動物ですが、日中であれば、太くて長い尾、なにより敏捷な動きで、初めての人でも、「クマではない。別の動物だろう」と分かるはずです。それにしても元来夜行性で、日中はなかなか見る事のない動物です。

黒色でつやのある長い毛に覆われている。

黒色でつやのある長い毛に覆われている。

 もう20年も前のことです。東カリマンタンと南カリマンタンの州境の山でキャンプした時でした。夕方6時を回り薄暗くなった頃、「クマがいる」と、村人が知らせに来てくれました。彼は夜のシカ猟のために、近くで待機していたのです。双眼鏡を手に現場へ向かったのですが、彼が指さす木は葉がうっそうとしていて探すに探せません。それでも、しばらく待っていると、先端の枝に姿が見えました。想像以上に大きく、真っ黒な動物です。なるほどクマのようです。ところが、双眼鏡でフォーカスを合わせると、クマにはないはずの長い尾が確認出来ました。軽快な身のこなしもクマではありません。「ビントロングだな」。私はそう判定しました。私にとって初めての、野生のビントロングとの出会いでした。

 ビントロングはジャコウネコの1種です。なじみの薄い動物かも知れませんが、日本に分布するハクビシンの仲間です。ジャコウネコ科は現在ジャコウネコ亜科、ジーネット亜科など4亜科34種から成っています。ビントロングは、この中でハクビシンやパームシベットと共にパームシベット亜科に属しています。

樹上性が強く、主に夜行性だが日中もしばしば目撃される。

樹上性が強く、主に夜行性だが日中もしばしば目撃される。

 ビントロングはネパール東部、インド東南部からインドシナ、マレーシア半島、スマトラ、ボルネオ、パラワンなどに分布しています。同じボルネオに棲息するミスジパームシベットとハクビシン、この両種と広域にわたって分布が重なっています。

 頭胴長61から96.5センチ、尾長50から84センチ、体重9から10キログラムで、ジャコウネコの仲間では最大の動物です。全体がつやのある黒色の長い毛で覆われています。ほとんどのジャコウネコは短毛ですから、この長い毛によって、ビントロングが一層大きく、異様に見えるわけです。顔から頭の部分は、個体差はあるものの、多くは灰白色です。耳は黒く、白く縁取られています。さらに耳の後側には、長い房状の毛があります。長い尾は筋肉質で、尾の先端は「5番目の足」として枝に絡みつくことが出来ます。

 木が茂った原生林や二次林に棲み、開けた原野や耕作地に出ることはありません。ボルネオでは低地から標高1500メートルあたりまで分布しています。夜行性で、日中は高木の樹冠部で休息しています。しかし、果実がたわわに実っている時期には、終日、その木の樹上に滞在し、日中でも食事と休息を繰りかえす様子が観察されます。

地上で活動する母子(自動カメラで撮影)。

地上で活動する母子(自動カメラで撮影)。

 ジャコウネコの仲間は、歯の構造を見ると肉食動物です。しかし、特に樹上性のビントロングやハクビシン、ミスジパームシベットなどは、野生の果実が主な食べ物です。特にイチジクの仲間を良く食べています。研究者によるフンや胃内容物の分析でも、終年を通してイチジクが一番多く食べられています。野生のイチジクとは、日本で言えばガジュマルやイヌビワの仲間ですが、ボルネオ島では30を超す種類があり、いつの時期でも、何種類かが実を付けているのです。飼育下ではバナナや熟したパパイア、ミカン類を好んで食べます。果実と一緒に鶏肉を与えても、肉には少ししか口をつけません。

 夜の森で枝から枝を移動するのを見た時、最初は食べる目的でムササビや眠っている鳥を探しているのだろうと思いました。ところが、その後の観察で熟した果実をえり好みしているのだと分かりました。野外ではその他、昆虫なども捕食しているようです。

 学名と英名にあるBinturongは、本種のマレー語名から来ています。また、その風貌から、Bearcat(熊猫)と書いている英語の書物もあります。

 以前、ジャコウネコ科にはマングースとリンサンも含まれていました。しかし、最近はジャコウネコ科、マングース科、リンサン科と、それぞれ独立したグループとして扱っています。マングース科については、連載53で紹介済みです。リンサン科の動物として、ボルネオにはオビリンサンという、細長い体を持ち白地に黒いスポットがある美しい動物がいます。この仲間は2種類のみで、いずれも南アジアに分布しています。

 

和名     ビントロング
学名     Arctictis binturong
英名     Binturong

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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