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Vol.58 クロテイオウゼミ

2015.3.25

 セミは世界で約2000種類が知られています。中でも東アジアの熱帯、亜熱帯地域は種類が多く、650種ほどあります。ボルネオ島に何種類のセミがいるのか分かりません。しかし、私も参加したサバ州・マリアウ盆地学術調査の際には、34種類が確認されました。さらに、山中に住んでいた当時、私は灯火に飛来するセミだけで20種類ほどを捕らえました。ですから、おそらくボルネオ全体では50から60種のセミが棲息するものと思います。ちなみに日本のセミは北海道から沖縄を含め、32種類です。

 クロテイオウゼミは世界最大のセミの1つで、同時にボルネオ島の固有種です。ほぼ同大のセミは、この他にマレー半島のテイオウゼミなど3種類があります。いずれも体長7から8センチ、翅を含めた全長は13センチ、前翅を広げると20センチを超えることもあります。分類学的には日本のヒグラシに近い仲間で、長らく28種がタイワンヒグラシ属Pomponiaという1つの属にまとめられていました。しかし、ごく最近、分類が再検討され、現在は8種をオオヒグラシ属Megapomponia、その他の20種を従来のタイワンヒグラシ属にまとめました。クロテイオウゼミなど巨大ゼミは、オオヒグラシ属に含まれます。

 テイオウゼミの仲間はヒグラシを大きくしたようなセミです。オスの腹部は中が空洞になっており、これが鳴く際の共鳴管の働きをします。かなり遠くからも鳴き声が聞こえるのは、このためです。体は褐色の地に黒斑が分布。翅は透明で、前翅の脈上に黒褐色の紋が散在します。また、翅の基部にある翅底膜はダイダイ色です。中でもクロテイオウゼミの体は特に黒みが強く,腹面は大部分が黒色です。

オス。腹部は大きいが、殻は柔らかく中は空洞になっている。

オス。腹部は大きいが、殻は柔らかく中は空洞になっている。

 クロテイオウゼミはボルネオの低地から標高1200メートルに棲息、低地混交フタバガキ林(熱帯多雨林のこと)の分布と一致しています。マングローブ、川岸林、山地林、アブラヤシのプランテーションなどにはいません。また、フタバガキ林でもうっそうとした森にだけ棲み、伐採後の開けた森や、村落周辺の明るい森にも棲んでいません。

 「テイオウゼミが欲しい」。虫好きの人で、ボルネオ島を訪ねることがあったら、誰もがそう思うことでしょう。でも、日本のセミ捕りの感覚ですと、どんなに良い網をもってしても、どんなに腕の良い人でも、テイオウゼミを捕らえることは不可能です。なぜならテイオウゼミは昼間の始まりと終わりにしか鳴かないセミだからです。「プワーン、プワン、プワン、プワン・・・・・・」と、高い金属音で、遠くまで響き渡る声です。ボルネオでは「六時ゼミ」と呼ばれることもあるように、早朝6時前後のほんの一時と、午後6時前後、わずか30分の間だけ鳴きます。薄暗い森の中、しかも止まって鳴いている場所は10メート以上の高さです。さらに、「一小節」鳴き終えると、すぐに飛び去って、50メートルも、100メートルも離れた別の木で再び鳴くのです。これでは捕らえるどころか、姿を見ることさえ出来ません。つまり、虫取り網での捕獲の可能性はゼロに近いということです。

メス。腹部は小さく硬い、先端に産卵管がある。

メス。腹部は小さく硬い、先端に産卵管がある。

 ところが、別の方法ですと、テイオウゼミは簡単に捕らえることが出来るのです。テイオウゼミが棲むような深い森で、夜間、灯りをともすとどういうことが起こるでしょうか。ガをはじめとして、たくさんの種類の昆虫が、数少ない灯りを求めて、夜、宿舎の窓辺に飛来するのです。その中にはテイオウゼミももちろん含まれています。ツアーで訪れる場所で、そんなチャンスがあるのは、ダヌムバレーやタビン保護区です。窓でバタバタしているセミを手づかみすれば良いのです。背が届かなかったら、棒や木の枝を使って、それにたからせて、下ろします。もし、飛んでしまっても、灯りがあるので、必ず窓辺に戻るでしょう。テイオウゼミは大きいから、掴むと何とも言えぬ存在感があります。腹部を押さえるとベコッとして、鳴き声も濁った音になってしまいます。捕らえたものがメスだったりすると、ちょっと物足りなさを感じたりもします。

 山道の脇などで、粘土質の煙突のようなものを見かけることがあります。高さ5から10センチ、これはセミの幼虫が造ったものです。穴の直径が1センチを超えていたら、クロテイオウゼミのものです。4年間の幼生生活を終え、いよいよ脱皮して成虫になる日、日没とともに地上へ這い出て来るのですが、この時に地中から押し出された土が、煙突のような形に積み重なるのです。粘土質だからこうなるのであり、砂質の所では出来ません。川岸林でも似たような「煙突」が見られます。違う点は、砂混じりの泥粒が重なった感じで、ほとんどの場合、穴が塞がっています。さらに、周囲に同じものがたくさんあります。これは「糞塚(フンヅカ)」といって巨大ミミズの排泄物が積み重なったものです。

羽化直前、地上に出た際に出来た「煙突」。

羽化直前、地上に出た際に出来た「煙突」。

 テイオウゼミをインターネットで検索すると、たくさんの記述が目に止まります。でも、失礼ですが、僅かな体験や、人から聞いたり文献を引用したものがほとんどだと感じます。例えば、「夜、電灯によく飛来する」とあります。これは事実です。ところが、「オスが飛来」、「メスのみ飛来し、オスが来ることはない」とまったく逆の記述があるのです。実際はオス・メスともよく灯りに飛んで来ます。また、「夜、トランペットのような声で鳴く」、「夕刻から夜にかけてウシガエルに似たブ-ブ-といった声で鳴く」といった記述もあります。「トランペットの音」は的を射た表現だと思いますが、夜はまったく鳴きません。

 タイワンヒグラシ属の分布は八重山諸島が北限です。石垣島と西表島には唯一タイワンヒグラシが棲息しています。日本ではヤエヤマクマゼミに次いで体が大きく、体長3.4から5.2センチ、大きさこそ及ばないものの、形、色などはテイオウゼミにそっくりです。甲高い金属音は、両島の山中における、夏の夕暮れ前の風物詩の1つです。

和名     クロテイオウゼミ
学名     Megapomponia merula
英名     Bornean Empress Cicada

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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