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Vol.72 キクガシラコウモリの仲間

2016.5.25

 私は20代と30代の多くを、自然史的な研究のために西表島と深く携わってきました。名もない、洞窟とも言えないような穴を含め、ほとんどの鍾乳洞にも入りました。しかし、西表島に分布するコウモリは4種類だけですし区別が容易でしたから、コウモリに対して特別な興味が湧くことはありませんでした。それが、40歳になってボルネオ島の研究を始めると、コウモリの種類の多いことに大変驚きました。「熱帯雨林に一番適応した動物はコウモリだ」と直感し、調査の必要性を強く感じました。

ボルネオキクガシラコウモリ。

ボルネオキクガシラコウモリ。

 コウモリの仲間は世界で1150種。900種が小形コウモリ類で、残りがオオコウモリ類です。小形コウモリは自ら超音波を発し障害物や餌を感知、それによって飛翔や採餌を行います。これを「エコロケーション」と言います。オオコウモリはエコロケーションの機能を持たない種類がほとんどで、他の哺乳類と同様に発達した目をたよりに生活をしています。小形コウモリの超音波は鼻や口から発せられます。特に鼻はグループ毎に外観上も特殊化しています。そのため、鼻の形は種を区別するためにも重要な部分となっています。 キクガシラコウモリは小形から中形の食虫性のコウモリです。キクガシラは鼻全体を「菊の花」に見立てた和名です。学名のRhinolophusは「サイの角に似た飾り」の意味で、鼻の後端にある突起からの連想です。英名のHorseshoeは「馬蹄」のこと。幅広く湾曲した鼻は、馬蹄のように見えます。普通の小形コウモリには耳介に「耳珠」と呼ばれる突起がありますが、キクガシラコウモリの仲間にはありません。個々の種の判別は、鼻葉や突起など付属物の有無や形の違い、毛の有無などで行います。また、そのことから生じる鼻全体のシルエットの違いが種を見分けるポイントとなります。すべて森林に棲み、森林内の空間を採餌空間として、種類毎に棲み分けています。草原や耕作地帯のような広い場所へは出ません。分布は広く、イギリス、ヨーロッパ、北アフリカの一部、アジアなどユーラシア大陸全域に及び、種類も多いコウモリです。日本には4種が分布します。キクガシラコウモリが北海道、本州、四国、九州。コキクガシラコウモリが北海道、本州、四国、九州から奄美大島まで。オキナワコキクガシラコウモリが沖縄島、伊江島、宮古島。ヤエヤマコキクガシラコウモリが石垣島、西表島に分布します。ボルネオ島には10種類のキクガシラコウモリが棲息します。しかし、ボルネオ固有種はなく、チビキクガシラコウモリのようにヒマラヤ、中国南部から南アジア全域、ジャワ島まで広く分布する種類もあります。

ミツバキクガシラコウモリ。

ミツバキクガシラコウモリ。

 ボルネオキクガシラコウモリは、最も普通に見られる種類です。前腕長4から4.4センチ、尾長2.1から2.9センチ、体重6.5から9.4グラムで、ボルネオの10種の中では小さい種類に入ります。全体が灰褐色から茶褐色、比較的耳が小さいことが特徴です。鼻は鼻葉や突起などの付属物があまりない、キクガシラコウモリの基本的な鼻の形をしています。乳頭は2対すなわち4個、1対は胸に、もう1対は下腹部にあります。下腹部の1対は乳腺と繋がっていない、いわば「偽乳首」です。コウモリには採餌に出る際、幼児を抱きかかえて一緒に行く種類と、「託児所」に相当する保育集団を作り、母親は子供を預けて採餌に出る種類があります。偽乳首を持つ種類は前者に多いのですが、キクガシラコウモリ類は、普通大きな保育集団を作ります。託児所は特別な場所ではなく、普段休息する洞穴の天井です。母親が採餌に出かけている間、夥しい数の幼児たちがひしめき合い、「保母さん」コウモリも一緒にいます。採餌から戻った母親が、瞬時に我が子に辿り着くのは驚きです。子供1つ1つの鳴き声が違っていて、母親にはそれが分かるのだそうです。低地混交フタバガキ林から山地林低部、石灰岩台地に発達した森林に棲息、休息には鍾乳洞、トンネル、林道下の排水溝、廃屋などを利用し、時には数100匹がひとかたまりになっています。主な採餌空間は森林内の中層部です。また、日没後、山間部の民家やロッジの周囲を繰り返し巡って、灯りに来る虫を捕食したりします。突然、開け放しになった部屋へコウモリが入ってきたら、それは、たいてい本種かグールドカグラコウモリです。

 ミツバキクガシラコウモリは前腕長4.7から5.2センチ、尾長2.7から3.9センチ、体重10.5から18グラムでキクガシラコウモリの中では中形に属します。長い綿毛に包まれ、フワーッとした感じがします。体色は黄色がかった褐色、耳介や鼻など皮膚が露出した部分は、薄く透けるような黄色をしており大変きれいなコウモリですが、一見、弱々しく見えます。それとは関係ないのですが、カスミ網があると、避けきれずにほぼ確実に掛かってしまいます。超音波を発する小形コウモリは、普通、そんな簡単にカスミ網に掛かるものではないのです。採餌は森林内の低層部で行っています。

ヒメウーリーキクガシラコウモリ。

ヒメウーリーキクガシラコウモリ。

 ヒメウーリーキクガシラコウモリもフワーッとした柔らかい毛に覆われている小形のコウモリです。他の種と異なり、全身黒褐色です。木の洞やブッシュの中で休息し、採餌は森林内の低層部で行っています。大きな集団は作りません。

 他に大形で複雑な鼻を持つウーリーキクガシラコウモリや、鼻の中央に巨大な突起を持つフィリピンキクガシラコウモリ、突起に毛がツクツクと生えているクレーグキクガシラコウモリなどがいます。ボルネオでコウモリの調査を始めた頃は、どれも同じように見えて種の判別に苦労しましたが、「どこを見る」という検索ポイントが分かってくると、それぞれに特徴があり、種の鑑定も大変面白いものになりました。

和名     ボルネオキクガシラコウモリ
学名     Rhinolophus borneensis
英名     Bornean Horseshoe Bat

和名     ミツバキクガシラコウモリ
学名     Rhinolophus trifoliatus
英名     Trefoil Horseshoe Bat

和名     ヒメウーリーキクガシラコウモリ
学名     Rhinolophus sedulus
英名     Lesser Woolly Horseshoe Bat

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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