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Vol.48 クロヘミガルス 

2014.5.25

 ほとんど知られていない動物です。それもそのはず、ボルネオ島固有種、山地の森林でひっそりと生活し、しかも極めて数が少ないからです。

 私は1995年から2年間、JICA専門家としてブルネイ森林局で研究を続けました。ブルネイには122種の哺乳類が棲息しています。そのうち32種は、私が出した新記録です。新種ではないがブルネイにおける初めての記録という意味です。

 ブルネイ唯一の国立公園がウルテンブロン。総面積489平方キロメートル、全域が深い森に覆われています。旅行者が歩くことのできる地域は入口近くのわずか1平方キロメートルですが、ここには宿泊施設をはじめ、高さ50メートルのキャノピーウェイ、観察台などが集中してあります。公園の大部分は混交フタバガキ林ですが、奥地は山地林です。

ラッパ状の鼻と足裏の滑り止めが大きな特徴。

 調査のために、最奥地で10日間のテント生活をしたことがあります。標高1,600メートル、雲霧林の真っ直中です。森林局のレンジャー4名と一緒でしたが、道がなく、往復にはブルネイ国軍がヘリコプターを出してくれました。雲霧林とは、午後は雨か深い霧に包まれる山地の森林で、ブルネイでは年間降水量が5,000ミリに達する一帯です。樹木は矮小化し、樹高は数メートルから谷筋でもせいぜい20メートルほどにしか、成長しません。風雨、日照時間、土壌の栄養分など厳しい環境にある森林なのです。起伏の激しい地表や張り出した根、ねじれ曲がった幹、太い枝に至るまで厚いコケに覆われています。

 最終日、50個の「かごワナ」の回収を始めました。それも終わりに近づき、残すは2つだけになりました。私が、その1つをたたんでいた時、先を行くレンジャーが叫びました。「ムサンだ」。ムサンとはジャコウネコのことです。駆けつけると、かごワナの中に黒っぽい動物がいました。「クロヘミガルスだ」。私は一目で分かりました。もちろん初めてなのですが、大きな鼻、鼻も顔の下半分も真っ白。図鑑の絵が脳裏に焼き付いていたのです。

 ネズミ用のワナでも、ジャコウネコが入ることがあります。いつもは麻酔注射をし、詳細な測定と写真撮影をする。その後、番号入りのタグを耳に付けて放逐します。しかし、クロヘミガルスとなると話は違います。生態がほとんど分かっていません。生きた姿を見た研究者もいないのです。「何か分かることがあるかも知れない」。私はしばらく、この動物を飼育することにしました。

 クロヘミガルスはボルネオ固有のジャコウネコの1種です。サバ州ではキナバル山、クロッカー山脈の標高1,200メートル以上、サラワク州ではクラビット高原の標高1,100メートル以上など島の西北部の山地でのみ記録されています。

顔面には長い感覚毛が多数ある。

 私が捕獲した個体は成獣のメスで、頭胴長48.4センチ、尾長34.6センチ、体重1,370グラムでした。歯の合計はジャコウネコの基本である40本。乳頭は後腹部に1対ありました。鼻筋から頭、背中から尾の先端、四肢の背面はほとんど黒に近い褐色。額の両側、頬はそれより僅かに明るい褐色。下面は下顎から喉、胸、腹面から尾の下面、四肢に至るまで白色か、僅かに褐色を帯びた白色です。鼻鏡全体は肌色で、鼻先は吻の両側に幅広く突出し、先端はラッパ状に開いています。鼻鏡とは鼻の先端の濡れた部分です。指の間にはミズカキがあり、その付け根には滑り止めのようなパッチがあって、短毛が密に生えています。四足の裏は肉色でパッチは褐色です。

 観察は2ヶ月と2週間、庭に建てた6畳のケージで行いました。高さは2メートル。数本の木も配置しました。

 クロヘミガルスはまったく木に登りません。不思議なことでした。ジャコウネコと言えば木登りは生活の一部なのです。また、鶏肉とバナナを食べません。普通、どちらかを餌にすれば、ジャコウネコは必ずトラップに掛かります。これも気になることでした。一方、小魚は残さずによく食べました。しかし、大きな魚や、固いウロコやトゲがあるものは食べません。ただ、ウロコやトゲを取り除いてやると、頭以外は食べるのです。生きた川魚をタブに入れておくと、必ず最初に、それをすくい取って食べました。バナナ以外の果物、ご飯まで与えてみましたが、まったく口にしませんでした。

学術雑誌「Small Carnivore Conservation」の表紙を飾った。

 水タブは4つ置きました。飲料用です。ところが、クロヘミガルスはこの中に排便するのです。場所を移動しても同じです。便は大変な悪臭なので、水は毎日交換しました。

 観察により、食事に偏りがあること。日中は地上の穴に潜み夜行動するが、木には登らないこと。水中に排便することなど特徴的な行動を知りました。結論として、クロヘミガルスは地上中心の生活。日中は木の根元や洞で休み、夜、川の縁で小魚やカエルを捕らえたり、苔むした林床で小昆虫や小動物を食べていると考えました。幅の広い突き出た鼻先、ミズカキと滑り止めのパッチ、15センチもある感覚毛は、そう言った生活にぴったりです。ただ、カワウソのように泳いで魚を捕ることはないでしょう。大きな魚を食べないのは、そんな理由からだ思われるし、第一、山地帯の沢に大きな魚はいません。

 ブルネイには英文の報告書を提出しました。これが海外の研究者の目に入り、私は世界自然保護連合(IUCN)の小型肉食動物班から、「詳細な報告が欲しい」との要請を受けました。そして、私の観察記録が2004年、「Small Carnivore Conservation」という学術雑誌に掲載されました。同時に、1枚の写真が、その号の表紙を飾りました。

 半ば情が移ってしまったクロヘミガルスでしたが、帰国直前、ウルテンブロン国立公園まで運び、森へ帰しました。

和名      クロヘミガルス
学名     Diplogale hosei  (旧Hemigalus hosei)
英名     Hose’s Civet

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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