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Vol.61 ヨナグニサン

2015.6.26

 ヨナグニサンはアジアの亜熱帯から熱帯に分布するヤママユガ科の大形の蛾です。オスは前翅長10から13センチ、メスはやや大きく13から14センチ、両翼を広げると最大26センチを超える個体があります。翅の前縁が黒褐色、内横線は白色です。前翅の先端が鎌状に曲がるのが特徴で、この部分はヘビの頭のような模様になっています。これを鳥などに見せて威嚇し、外敵から身を守ると言われますが、想像力逞しい人が考えたお話だろうと私は思っています。ちなみにホンコンの広東語では、ヨナグニサンを「蛇頭蛾」と呼んでいます。学名のAttacus atlasや英名のAtlas Mothは、ギリシア神話の巨人アトラースに由来します。また、翅全体の模様が地図(Atlas)に似ているから、との説もあります。

 インドから東南アジア、中国南部、台湾、日本の八重山諸島まで広く分布し、いくつかの亜種に分けられています。八重山諸島では石垣島、西表島、与那国島に分布、与那国島で初めて発見されたことから「ヨナグニサン」という和名が付けられました。日本産の亜種は、外国産に比べて翅の三角模様が少し大きいことが特徴です。

ヨナグニサン(♂)。前翅の先端がヘビを連想させる。

ヨナグニサン(♂)。前翅の先端がヘビを連想させる。

 成虫では口(口吻)がないため、羽化後は一切食事が摂れません。幼虫時に蓄えた養分で生きるため、成虫は1週間ほどで死んでしまいます。幼虫はアカギやモクタチバナ、カンコノキなどの葉を食べて成長します。アカギはコミカンソウ科の常緑高木で、成長が早く、樹高15から25メートルになります。台湾、中国南部、東南アジアからオーストラリアまで分布、日本でも沖縄・先島諸島に分布しています。樹皮は細かく割れて剥がれ、全体に赤褐色をしています。沖縄県では各地の市街地で街路樹として植栽されています。

 インドでは、小規模ですが、絹糸を採る目的でヨナグニサンを飼育します。カイコの絹糸と違って連続した長い糸ではないのですが、褐色の羊毛のような絹糸で、丈夫で長持ちする素材として好まれています。台湾の土産店には、ヨナグニサンの繭を縫い合わせて作った札入れやがまぐちが並んでいます。

 ヨナグニサンは森林性の蛾で、ボルネオ島では低地のフタバガキ林から標高2000メートルの山地林にかけて棲息します。私はカリマンタン、サバ州ではキナバタンガン川、ダヌムバレー、タビン、キナバル山のメシラウなどで見ています。しかし、すべてロッジの壁や庇の下側、庭の植え込みなどに止まっているものです。夜、灯火に飛来したものの、力尽きて、朝になっても森に帰れなかったのでしょう。唯一、飛んでいる姿を見たのは、ダヌムバレーでライトトラップを使った時でした。林縁部に白地の布を張り、そこに強いライトを当てて、飛来する昆虫を採集する調査です。

ヨナグニサン(♀)。腹部が大きく太い。

ヨナグニサン(♀)。腹部が大きく太い。

 一方、私は20歳代の後半を何年か西表島で過ごしましたが、そこでは勇壮な飛翔を見たことがありました。7月頃の良く晴れた風もない日でした。イリオモテヤマネコの観察を終えて深夜の山道をバイクで走っている時です。目前をサーッと何かが通過しました。「ヨナグニサンだ」と直感しました。コノハズクにしては小さいし、形も違っています。私はバイクを止めました。しかし、エンジンはふかしたままです。本当にそうだとしたら、きっと再来すると思ったのです。蛾は灯火を求めて飛びますが、そこは深い森、灯りはバイクのライトだけなのです。

 5分後、それは予想通り再来しました。濃いえび茶色の翼が、ライトに照らされてキラキラと輝きます。ぶつかっては離れ、離れてはぶつかり、ヨナグニサンはライトの前で幾度もばたついていました。私は翅を痛めてはいけないと、躊躇しながらも、最後には傷つけることなく手づかみすることに成功しました。当時は、西表島の集落には街灯がなく、終日電灯が点いているのは郵便局の白い外壁の所だけでした。朝方そこへ行ってみると、1年に1度くらいでしたが、ヨナグニサンが張り付いていることがありました。

オオツバメガ。夜のロッジに必ず飛来する。

オオツバメガ。夜のロッジに必ず飛来する。

 ヨナグニサンは分布域が広く、良く知られていることから、しばしば世界最大の蛾と呼ばれています。しかし、世界にはさらに大きな蛾が存在するのです。翅の面積で言えば、ヘラクレスオオヤママユ(ヘラクレスサン)が世界最大。両翼を広げると25から27センチになります。北オーストラリアからニューギニアにかけて分布。一見翅の模様がヨナグニサンに似ていますが、オオミズアオのように下翅に長い尾があります。また、前翅の長さでしたら、ナンベイオオヤガ(別名ナンベイオオシロシタバが世界最大です。オオゴマダラ(蝶)をさらに横長にしたような蛾で、両翼を広げると25から30センチにもなります。中央アメリカから南アメリカの赤道付近にかけて分布しています。

 ツアーでの短い滞在ではヨナグニサンに遇える確率は低いです。あなたが蛾が好きで、大きな蛾に遇いたいと思うなら、オオツバメガを意識しましょう。一見、大きさ、形、色が日本のカラスアゲハやクロアゲハに似ています。夜行性でロッジの灯りなどにフワーッと飛んで来ます。また、良く林道に舞い降りて吸水しています。ナイトドライブの際、50メートルも先の路上でルビーのような紅い光を見ることがありますが、これは、決まってオオツバメガの眼です。車のライトを反射して光るのです。短い滞在期間でも、オオツバメガならば、ほぼ確実に出会うことが出来るでしょう。分布はヨナグニサンと重なり、南アジアからフィリピン、台湾、日本の石垣島、宮古島にも棲息しています。これらの地域を旅することがあるならば、ひとつオオツバメガに遇うことを楽しみにしてみてください。

和名  ヨナグニサン
学名  Attacus atlas
英名  Atlas Moth

和名  オオツバメガ
学名  Lyssa zampa
英名  Tropical Swallowtail Moth

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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