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Vol.80 バンテン

2017.1.25

 バンテンは、深い森林に棲む野生のウシです。ボルネオではアジアゾウ、スマトラサイに次ぐ大きな哺乳動物で、頭胴長200~250センチ、尾長70~90センチ、肩高120~170センチ、体重は400キログラムに達します。肩高とは動物が四肢で立っている時の肩の上から地面までの高さのことで、これにより動物の大きさを知ることができます。大人オスは黒色、メスや若い個体は赤褐色で、すべてに共通して四肢が白いソックスを履いたような模様で、尻に大きな白いパッチがあります。

 ミャンマー、インドシナ、マレー半島、ジャワ、ボルネオに分布し、ボルネオでは、第二次世界大戦前はほぼ全島的に低地混交フタバガキ林、湿地林などに棲息、特に大きな川沿いでは普通に目撃されたようです。しかし、森林に固執し開けた場所では生活できない習性のため、森林開発の影響をまともに被ってしまいました。今では大きな森林が残っている地域に散在するだけです。主に夜行性ですが、これは、森林開発の影響だけでなく、激しい狩猟圧の結果だと考えられます。大きいし、「牛」ですから食料として珍重されたわけです。日中は森林の中に潜み、夕方から夜間、多少開けた場所へ出て草を食べたり、林道沿いに移動したりします。夜はほとんどの時間を食事についやし、草、灌木の若い葉や芽を食べますが、茂みに立ち止まって反すうをしたり、休息をとったりもしています。普通、1頭のオス成獣、複数のメス成獣、子供たちからなる10から30頭くらいの群れで生活していますがが、オス成獣は、単独でいる個体もよく目撃されます。

オスは単独で行動することが多い。

オスは単独で行動することが多い。

 2013年12月。8年ぶりにマリアウベイスンを訪ねました。サバ州南部の中央山地帯に位置し、ベイスン(盆地)と、盆地を形成する外輪山とその外側斜面を含む588.4平方キロメートルが自然保護地域となっています。盆地の中はやせた泥炭湿地林と熱帯ヒース林から成っています。貧栄養の特殊な森林で、動物は極端に少ないのですが、何種類ものウツボカズラが分布し、特に他所ではほとんど見ることのできないベイチウツボカズラの大群落があります。外輪山の外側斜面は伐採後の低地混交フタバガキ林であり、ダヌムバレーやタビンと同様、もともと動物相の豊かな森林です。サバ州の中でも、比較的バンテンに会う機会が多い場所です。保護地域の外側には伐採後の荒れた二次林がひろがっており、そのあたりのバンテンも、この保護区に逃げ込んでいるのです。

 私が初めてマリアウベイスンへ行ったのは2000年8月でした。サバ各地で行なってきた動物調査の一環ですが、当時はアプローチが大変で「サバ最後の秘境」と呼ばれていました。雨季に入ると、道路が泥沼と化し、四輪駆動車でさえ困難を極める道のりでした。ただ、多少とも良い森林が残っており、比較的バンテンが多い森林地帯でしたから、ぜひバンテンにも会いたいと考えていました。調査にはサバ野生生物局のレンジャー2名が同行してくれました。拠点は外輪山外側のブリアンキャンプ。盆地の水を一手に集めたマリアウ川のほとりにあります。ブリアンとはボルネオテツボクの地方名です。かつて伐採人夫たちが寝泊まりした場所ですが、特別な施設があるわけではなく、二次林の中にテントを張れるスペースがあるだけの所でした。

大人メスと子ども(オス、メスを含む)の集団を作る。

大人メスと子ども(オス、メスを含む)の集団を作る。

 調査で、日中はテナガザル、ブタオザル、ミケリス。夕方や夜間はヒゲイノシシ、スイロク、キョン、オオマメジカ、マレーヤマアラシ、ベンガルヤマネコ、マライヤマネコ、マレージャコウネコ、パームシベットなどに遇いました。スイロクは特に多く、まだ明るいうちは、カンムリワシ、アジアヘビウ、サイチョウ、コシアカキジといった鳥類も間近で観察。滞在中は一時の休む時間もなく興奮の連続でした。しかし、お目当てのバンテンは、なかなか出てきてくれません。

 調査も終わりに近い8日目の朝。助手席にマラユ氏を乗せ、6時ちょうどにキャンプ地を出発しました。林道では、そこかしこにバンテンの新しいフンがありました。昨晩はなかったから、夜半か明け方に群れが通ったのでしょう。

 20分ほど走った時、突然、薮から大きな動物が飛び出し、車にぶつかりそうになりました。「バンテンだ」。湾曲した大きなツノ、瞬間に、それと分かりました。バンテンは、急ブレーキをかけた車の前へ出て、下り坂を突っ走ります。私は追う。左手はハンドル。右手で300ミリレンズをとると、すかさず、マラユがハンドルを握ってくれました。

ロカウイ動物園(コタキナバル)のバンテン広場。

ロカウイ動物園(コタキナバル)のバンテン広場。

 「よし、やるぞ」。両手が自由になった私は窓から上体を乗り出しました。ただし、アクセルとブレーキは、自分の足でコントロールしています。私は、バンテンにつかず離れず後を追いました。大きなオスです。スイギュウほどの大きさですが、足が長く背も高い。角がそそり立つように伸びています。尻の白色のパッチが大きくくっきりと目立ちます。

 ブレーキを踏み、とりあえずシャッターをきりました。「右へ入るだろうから、顔が出るはずだ」。深追いせず、私はチャンスを待ちました。ところが、残念なことに、バンテンは約15メートル走って、尻をこちらへ向けたまま林内へ消えてしまいました。結局、撮れた写真は1枚だけでした。顔が見えていませんが、大きな白い尻と後ろ足のひづめが見え、それなりの迫力がある写真だと思っています。

 現在、マリアウベイスンまで幅広い舗装道路が通じ、コタキナバルから6時間で入域できるようになりました。また、ブリアンキャンプにはサバ州随一の宿泊施設が開業しています。動物との出会いも多く、快適な滞在が期待出来るリゾートになっています。

和名     バンテン
学名     Bos javanicus
英名     Tembadau

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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