日本全国の動物園と水族館をつなぐ情報誌、「どうぶつのくに」「どうぶつえんとすいぞくかん」公式Webサイト

どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.63 トリバネアゲハ

2015.8.25

 もう50年も前の大学時代の話です。友人が台湾へ蝶の採集に出かけました。阿里山や霧社で採集をし、たくさんの収獲物を持って帰国しました。そして、私のもとに持参したのがトリバネアゲハの1種であるキシタアゲハでした。オス、メス1頭ずつが、三角紙に収められていました。色濃い鮮やかな黄色に、私はすっかり魅せられてしまいました。彼の話では、羽化直後の個体を標本店で買い求めたのだそうです。私も蝶のコレクションをしていましたから、てっきり私への土産だと思いました。ところが、それはぬか喜びで終わりました。「展翅標本を作ってくれ」と彼が言い出したのです。何でも、飲み屋に気に入った女の子がいて、その子の誕生日プレゼントにしたいということでした。「そんなもの、喜ぶのかな」。そう思いながらも、私は二つ返事で引き受け、細心の注意を持って標本を作りました。完全に乾燥するまでには2ヶ月を要しました。

 当日、私は友人にごちそうしてもらいました。明るく品が良く、学生では入れないような高級なサロン風の店でした。彼女が喜んだかどうか、私はまったく記憶にありません。渋谷ハチ公像のすぐ前の店でしたが、今はもうありません。しかし、建物は昔のままで、今でもそこを通るたびに、私は当時のことを思い出しています。

 さて、トリバネアゲハとは、アゲハチョウ科ジャコウアゲハ族に含まれる大型で華麗な蝶の総称です。トリバネアゲハ属、キシタアゲハ属、アカエリトリバネアゲハ属の3属、約30数種に分類されますが、分類はまだ流動的で、属が細分化されたり、種数も変動するかも知れません。トリバネアゲハの中でもアレクサンドラトリバネアゲハは世界最大の蝶です。オスよりメスの方が大きく、開翅長28センチを超す個体もあります。

アカエリトリバネアゲハ。首の赤帯が名前の由来。

アカエリトリバネアゲハ。首の赤帯が名前の由来。

 蝶の大きさを表す単位として「前翅長」または「開翅長(開長)」が使われます。両者の違いを説明しましょう。前翅長は前翅の基部から先端までの直線距離です。両翼を畳んだ状態でも測定出来るので、調査の際はこの方法が使われます。一方、開翅長は両翼を開いた時の両先端間の直線距離です。前翅長の約2倍の長さになります。蝶の大きさがイメージ出来るため、良く使われる方法です。開翅長は、基準に合った標本でなければ正確には測定出来ません。蝶の標本は内縁部(後線)が横一直線になるように前翅を広げるのです。

 トリバネアゲハの仲間は東南アジアからニューギニアにかけて分布し、アフリカやアメリカ大陸には分布していません。また、属により分布が異なります。

 トリバネアゲハ属はニューギニア島を中心にオーストラリア最北部、東はソロモン諸島、西はモルッカ諸島までのインドネシアの島々に分布し、11種が知られています。

 キシタアゲハ属はもっとも分布域が広く、インドネシアを中心に東はニューギニア島から西はインドにかけて東南アジア全域に20種が分布します。日本の隣国台湾にも2種が分布します。海を越えて、まれに八重山諸島に飛来し、一時的に繁殖した記録もあります。

 アカエリトリバネアゲハ属はマレーシア半島、スマトラ、ボルネオの島々に1種、パラワン島に1種が分布するのみです。

アカエリトリバネアゲハ。群れて吸水する。

アカエリトリバネアゲハ。群れて吸水する。

 ボルネオ島にはアカエリトリバネアゲハ1種とキシタアゲハの仲間が4種分布しています。アカエリトリバネアゲハは前翅長8から9センチ、前後翅とも黒地で、オスは金緑色に輝く幅広い中央帯が実に顕著です。メスはこの輝きが弱く前翅の先端近くと後翅の外縁近くに白斑列があります。和名にあるように、頭部と胸部の間に鮮やかな赤色の帯があります。森林内の太陽が良く当たる沢沿いで見かける蝶で、広い川原では砂地や細かな砂利の所で何匹も並んで吸水しています。

 キシタアゲハ4種のうちボルネオキシタアゲハはボルネオ固有種、他はマレーシア半島、スマトラ、あるいは広く東洋区全域に分布しています。アンフリサスキシタアゲハが前翅長8から9センチ、他の種は6.5から7センチ。4種とも良く似ていて、前翅は黒色系、後翅は濃い黄色が基本です。種の確認のためには、一旦捕獲して翅室(翅脈で仕切られた区画)の形や数、斑紋の有無や位置を調べなくてはなりません。一方、自然の中でチョウの行動を見ただけで種を確認できる場合があります。山地林の尾根にせり上がる樹冠をゆるやかに舞い、時々尾根に吹き上げられて来るのはボルネオキシタアゲハ。また、湿地に降りて吸水するオスを見つけたら、それはヘレナキシタアゲハです。他のキシタアゲハには見られない習性です。明るい沢沿いや林縁部、伐採跡の空間をゆるやかに舞い、色々な花で吸密する習性は、すべての種のオス・メスに共通しています。

アンフリサスキシタアゲハ。頻繁に花を訪れて吸蜜する。

アンフリサスキシタアゲハ。頻繁に花を訪れて吸蜜する。

 良く晴れた日の午前中、ロッジのベランダでコーヒーを飲みながら、吸蜜に訪れるトリバネアゲハを待つ。これは、ダヌムバレーなどで、ごく普通に体験できる贅沢の一つです。

 現在、トリバネアゲハはアレクサンドラトリバネアゲハ1種がワシントン条約(CITES:絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)附属書Iに、残り全種が附属書IIに記載されています。附属書Iは原則輸出入の一切を禁止、認められた場合でも輸出入両国の許可証が必要という厳しい管理の下に置かれています。附属書IIは輸出国からの許可証が取得出来れば持ち出し出来ます。ボルネオ産の蝶でCITESに記載されているものはトリバネアゲハ5種だけです。ただ、サバ州からは、すべての動植物の持ち出しに関して、CITESに関係なくサバ野生生物局による許可証が必要です。

 

和名   アカエリトリバネアゲハ
学名   Trogonoptera brookiana
英名   Raja Brook’s Birdwing

和名                     学名              英名
アンフリサスキシタアゲハ   Troides amphrysus       Golden Birdwing
ボルネオキシタアゲハ     Troides andromache      Kinabalu Birdwing
ヘレナキシタアゲハ       Troides helena         Common Birdwing
ミランダキシタアゲハ      Troides miranda          Miranda Birdwing

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

カテゴリー

カテゴリー一覧

このカテゴリーの他の記事

ページTOPへ

Copyrights © 2010 Doubutu-no-kuni All Rights Reserved.
誌面、Webにおけるあらゆるコンテンツの無断複写・転載を禁じます。