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Vol.52 カワネズミ

2014.9.25

 カワネズミは水辺に棲む唯一の食虫類です。ほとんどの食虫類は土中や林床に棲み、ミミズや小昆虫を捕食しています。しかし、カワネズミはモグラやトガリネズミと異なり、渓流を泳ぎながら、小魚やエビ、カニを食べて生活しています。

 カワネズミはボルネオでは大変めずらしい動物です。村人からは、まれに見たと言う話も聞くのですが、何人もの研究者が捕獲を試みているのに、これまでキナバル山とトゥルスマディ山で数個体が捕獲されているだけです。確かな記録は半世紀以上もありません。

 キナバル山のメシラウは標高2,000メートル。高いことが気になりますが、滞在のたびに、沢にカワネズミがいるかも知れないと感じていました。水面すれすれにカスミ網を張ろうと考えたり、かごワナを設置することも計画しました。しかし、ちょっとした雨で増水するし、餌が入手困難、宿舎から沢までの距離もあるので、実行しませんでした。

水辺に棲む唯一の食虫類。

水辺に棲む唯一の食虫類。

 カワネズミは頭胴長10センチ、体重25~40グラムの小さな動物で、短くて柔らかい毛が全身を密に覆い、冷たい水の中での生活に耐えられる体を持っています。全体が暗褐色ですが、水中では、綿毛の間に空気の泡が残るので、銀色に光って見えます。昼も夜も食べることとわずかな休息に専念しています。渓流では流れの縁を泳いだり、土や石の上を走って上流へ向かい、下りは流れに身を任せています。魚やカニを簡単に捕らえるし、吻を左右にさかんに振って、底の小石の中に潜んでいる水生昆虫を捕らえたりしています。

 日本では本州から九州に分布しますが、山地の渓流に棲む動物で、関東地方では渓流釣りの好きな人ならば一度は見たことのある動物でしょう。山あいにあるヤマメやニジマスの養殖場にも頻繁に出没して、自分のからだより大きな魚をかすめ取っていきます。

 カワネズミの最初の発見は1842年です。日本産も同年の発見、新種として記載されました。ボルネオでの発見は1898年ですが、やはり、新種として記載されました。

柔らかい毛が全身を密に覆っている。

柔らかい毛が全身を密に覆っている。

 その後、研究が進む中、カワネズミに関しては、ヒマラヤから中国南部、台湾、東南アジア、スマトラ、ボルネオ、日本に分布するすべてが同一種と考えられるようになり、分類学上、そのように扱われてきました。私は分類学者ではありません。しかし、日本産とボルネオ産のカワネズミを同一種にすることには疑問を感じていました。哺乳類では、異なる生物区にまたがって分布する種類はほとんどないのです。カワネズミに関して言えば、日本は動物地理学上「旧北区」にあり、その他の地域は「東洋区」というアジアの熱帯に属するのです。

 2001年でしたが、ある国立大学の研究者から手紙が届きました。「カワネズミが捕れたら欲しい」という内容でした。もちろん、私への手紙ですから、ボルネオで捕まったらということです。私はていねいに返事を書きました。現状、捕獲の可能性など。しかし、研究者からは2度と手紙が来ることはありませんでした。

 関心がある研究者は一人ではありませんでした。半年後、別の大学から手紙が来ました。内容は同じで、私も同様の返事を送りました。すると、その研究者からは、再び研究の目的、これまでの分類の疑問点などがこと細かに書かれ、改めて、捕獲出来た場合の標本提供の依頼がありました。私は前回と違って、さわやかな気持ちになりました。

 その後、2002年6月末、クロッカー山脈のマフワ川へ哺乳動物相の調査に入りました。キナバル山から80キロメートル離れていますが、一つの山脈で繋がっています。

 標高800メートルにキャンプを設営しました。現場の渓流は十分な水量で淵も瀬もあり、魚も豊富に棲んでいそうです。私は、「ここにいないのなら、もうサバ州にはいないのだろう」と、カワネズミの棲息を直感的に確信しました。

山地帯の渓流にのみ棲息する。

山地帯の渓流にのみ棲息する。

 「かごワナ2個を川縁に置く。餌は魚。いないかも知れないが、カワネズミがターゲット」。当日の調査ノートにはそう書いてあります。目の一番細かいかごワナを選び、扉に隙間が生じないよう針金で手直しした後、バネをゴムバンドと取り替えました。カワネズミは小さいから、ちょっとした隙間からも出てしまうだろうし、重いバネでは扉が落ちないと思ったからです。魚は川から調達しました。水は冷たく、ほとんど死ぬ思いでした。

 一夜明けての見回り。ワナの底に黒灰色の塊が見えました。「餌が落ちたのだろう」。そう思って近づくと、それが、わずかに動くのです。内心期待しつつも、カワネズミは半世紀以上も記録されていないことを自分に言い聞かせながら、その動くものをよく見ました。なんとカワネズミです。突出した顔、短く密生した体毛。間違いありません。信じられない思いです。長年の勘とは言え、一晩でワナに掛かったのです。

 翌日、2頭目を捕獲。次の夜はワナには入ったものの、僅かの隙間から逃げていました。こうしてみると、マフワ川にはたくさんカワネズミがいるみたいですが、それは違います。日中、ずっと張り込んでみましたが、1度たりとも目撃することはありませんでした。

 この時の個体は詳細に測定・記録した後、1頭を放逐、1頭は標本にしました。そして、DNA分析の資料となる肝臓は、遅れて手紙をくれた研究者に提供しました。

 新たに日本産や台湾産の標本も加えた分析の結果、各地域で種分化が進んでいることが明らかとなり、日本産とボルネオ産のカワネズミに関しては、独立種として扱うべきではないかとの提案がなされました。この論文には私も共著者として名を連ねています。

和名    ボルネオカワネズミ
学名    Chimarrogale phaeura
英名      Bornean Water Shrew

最近では、ボルネオ産を上記、日本産を カワネズミ、Chimarrogale phatycephala、Japanese Water Shew。 その他の地域に分布するものを カワネズミ、Chimarrogale himalayica、Himalayan Water Shrew とすることが主流です。

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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