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Vol.71 タイガーリーチ

2016.4.25

 「ヒルがいるよ」。それを聞いただけで、森に入るのをためらったり、異常なまでに怖がる人がいます。確かに血を吸われれば不愉快だし、ボルネオのタイガーリーチにやられると、なかなか出血が止まらないのです。「ヒルが大好き」などという人にも会ったことがありません。しかし、豊かな森があり哺乳類の多い場所では、ヒルはつきものです。せいぜい、良いお付き合いが出来るよう心掛けましょう。

「蠕(ぜん)虫(ちゅう)」という言葉を知っていますか。分類学上の言葉ではありません。分類学上は環形動物のゴカイやミミズ、ヒル、扁形動物のコウガイビルやカンテツ、線形動物のカイチュウ、昆虫類のハエや甲虫の幼虫などが総称して蠕虫と呼ばれています。共通することは体が細長く、蠕動(シャクトリムシのような動き)で移動する小動物です。 ヒルは環形動物、広い意味でミミズやゴカイの仲間です。細長い体で左右対称、骨格はなく、柔らかい体をしています。腹と背の区別があり、皮膚で呼吸をします。

 ヒルと言うと、すべて吸血性の寄生動物と思われがちですが、実はそれはごく一部でしかありません。世界のヒル約500種の多くは淡水、陸上、海水に棲み、肉食性で主に小動物を食べて暮らしています。カイビルのように水草の上を這いながら、小さな巻き貝を捕食するものや、体長40センチにもなるヤツワクガビルのように、湿った林床に棲み、シーボルトミミズのような巨大ミミズを丸呑みにする種類もいます。

いつ来るか分からない獲物を待つ。

いつ来るか分からない獲物を待つ。

 吸血性のヒルには淡水性のものと、陸性の種類があります。田んぼにいるチスイビルは、血を吸わせることで肩こりの改善や、でき物の膿(うみ)を吸い取らせる治療に使われて来ました。

 陸上に棲む種類では、日本ではヤマビルが良く知られています。サル、シカ、イノシシの増加につれて分布域を広げ、房総半島や丹沢山塊で何かと話題になるヒルです。

 ボルネオでは、水に棲むものをリンタ、地上にいるものをパチャッと呼んでいます。どちらもマレー語です。森の中で悩まされるのは後者です。見た感じ数種類がいます。その中で、最も多く、良く知られているのがタイガーリーチです。腹面は鮮やかなオレンジ色、背面は一般に黄褐色で黒いストライプがあります。この模様が名前の由来です。静止時の体長は1.5~3センチ、伸長時は3~8センチにもなりますが、よく伸び縮みするので、標本にでもしないかぎり、正しい長さは測定できません。

 タイガーリーチは、樹木が良く茂り、林床にまで光が届かないような森に棲んでいます。落ち葉が堆積していても、日照りが続いて乾燥している時は、ほとんど見かけることはありません。雨季やスコールの後などに最も活発に活動しています。森林であれば標高2000メートルくらいでも見かけることがあります。しかし、1000メートルあたりから上では、遭遇の機会がぐっと少なくなります。一方、海岸林のように砂地の林床には棲んでいないし、塩気を含むマングローブや汽水林、淡水でも泥地の湿地林や川岸林にはほとんどいません。ましてや、直射光が届く原野や草原、耕作地では棲むことができません。

すでに乗り移る体勢。

すでに乗り移る体勢。

 待ち伏せ型の生き物で、普通は草や木の葉の先端で、ひたすら獲物が来るのを待っています。人が近づくと、「このチャンスを逃してなるものか!」とばかりに、くねくねと、激しく体を動かします。こちらの息に含まれる炭酸ガスを感じ取るのです。一旦取り付くと絶対に落ちません。衣類の中に潜り込み、皮膚の柔らかい部分を探し当てます。「頭上から雨のように降ってきた」という話をよく聞きますが、私の長い経験では、そのような場面に遇ったことはありません。おそらく、めちゃくちゃにヒルが多かったことの精一杯のアピールなのでしょう。

 タイガーリーチの攻撃は結構強烈で、咬まれると一瞬チクッと感じます。それでも、ほとんどの人は気づかないのですが、私は見逃しません。そこですぐ剥ぎ取ってしまうので、もう何十年も血を吸われたことはありません。タイガーリーチの攻撃に慣れてしまうと、日本のヤマビルに咬まれても、痛くもなく何とも感じません。

良い森林は動物が多くヒルも多い。

良い森林は動物が多くヒルも多い。

 ヒルは体の前後両端の腹面に吸盤があります。吸血にも移動にもこの吸盤を使います。前吸盤の中央にある3対の歯で、皮膚に傷を付け吸血するわけです。唾液に麻酔成分があるため、咬まれても痛みを感じさせず、さらに、吸血の際、ヒルジンという抗血液凝固物質を注入するため、血が止まりにくくなります。体重の10~20倍もの量の血を吸い、1時間もするとコロコロに膨れあがり、自分で転げ落ちてホストから離れます。ここまで行くと、吸われた被害者は痛くも痒くもありません。ところが、吸血途中で無理矢理剥ぎ取ると、いつまでもダラダラと出血が止まらず、また大変な痒みがつづきます。これはヒルジンが残っていることと、異種タンパク質による一種のアレルギー反応が起こっているからです。だからと言って、黙って吸わせておく人も少ないでしょう。そんな時は、虫除けスプレーでも、かゆみ止めでも、刺激性の強い薬品をタイガーリーチにかければ自然に落ちます。後は水洗いをして軟膏を塗るか、バンドエイドなどを張ります。しばらくは血がにじみますが、やがて止まります。せめてもの救いは、ヒルに毒性はなく、特に伝染性の病気や寄生虫を持っていないことです。

 獲物にありつけない時、タイガーリーチは樹液や雨水を吸っています。雌雄同体で、蚊と同様、動物の血液を吸わないと栄養が摂れず、産卵できないのです。寿命は2~3年と言われています。

   

和名   タイガーリーチ
学名   Haemadipsa picta
英名   Tiger Leech

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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