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Vol.70 オオアカムササビ

2016.3.25

 2005年12月6日、「ボルネオで新種の肉食動物か」というニュースが全世界へ向けて報道されました。カリマンタン北部で、森林に仕掛けた自動カメラに写ったのです。同所で2度ありました。直後に、私にも可能性について日本のメディアから問い合わせがありました。写真には背面が僅かに黒みを帯びた全身赤褐色の動物が、尾を後方高くに伸ばし、今、着地したといった状態で写っていました。撮影者が描いたという全体図も一緒でした。しかし、イラストとは異なり、写真では顔の前半部が見えません。草に隠れているのです。そんな訳で、私は確かなことを言うことが出来ませんでした。この件に関しては、カリマンタン在住のオランダ人研究者、スコットランド博物館の研究者が共同で、新種か既知の種を誤認したのか、あらゆる可能性を検討して論文にまとめました。この過程で私にも問い合わせが来ています。彼らとは20年来の研究仲間なのです。結果は、「トマスクロムササビを誤認」と言うことでした。地面を歩き、肝心の顔が見えなかったことから、「もしかしたら」ということに発展したのでしょう。

まさに、巣穴を出ようとしている。

まさに、巣穴を出ようとしている。

 地球上の哺乳類は2014年末の時点で5513種に分類されています。齧歯目(ネズミ、リス、ヤマアラシなど)がもっとも多く2262種(全体の41.0パーセント)、ついで翼手目(コウモリの仲間)1150種(20.9パーセント)、真無盲腸目(旧モグラ目の一部)450種、霊長目(サル類)426種と続きます。ところが、ボルネオ島では哺乳類225種類中、翼手目92種(40.9パーセント)、齧歯目61種(27.1パーセント)と、翼手類と齧歯類の位置が逆転しています。これは熱帯多雨林あってこその話なのです。すなわち、樹高が40メートルを超える森は、その立体構造から、コウモリにさまざまな採餌空間やすみかを与えているのです。同様なことは齧歯類についても言えます。ボルネオ産齧歯類61種のうち、リス科(リス、ムササビ)は34種、ネズミ科とヤマラシ科は合わせて27種です。つまり、樹上や空間に適応した種類が多いのです。ネズミにも一生を樹上で暮ら種類がいます。ボルネオではヤマネマウスの仲間やハイイロキノボリネズミが、その代表です。

 オオアカムササビはボルネオのムササビ14種の中では最大の種類です。頭胴長37から45センチ、尾も長く36.5から49センチ、全長90センチを超えるわけです。日本のムササビよりさらに大きいと思って下さい。体重は1から2.9キログラムもの大きな個体がいます。全身赤茶色で、腹面は濃いクリーム色。鼻と顎、目の周り、耳の後ろに黒い斑があり、また、四肢の先と尾の先が黒色をしています。ボルネオには上述した本種より一回り小さなトマスクロムササビという固有種がいます。「黒」と名がついているのに色合いはオオアカムササビそっくりです。唯一、野外での区別点は、顔と四肢、尾の先端も一様に赤茶色であることです。

幹を上へ上へと登る。

幹を上へ上へと登る。

 オオアカムササビは、スリランカ、インド、ヒマラヤ、ミャンマー、中国南部、台湾、タイ、スマトラ、ジャワなどアジア南部に広く分布する種類です。ボルネオでもカリマンタン、サラワク、ブルネイ、サバと全島に分布、低地フタバガキ林や二次林、プランテーションなど低地の森林で最も普通に見られるムササビです。キナバル山では標高900メートルの記録がありますが、2003年当時、私はクロッカー山脈の標高1100メートル地点で毎晩、本種を観察していました。おそらく、それが最高所の記録でしょう。ダヌムバレー、タビン、キナバタンガン、セピロクなどでの短い滞在でムササビを見たとしたら、たぶん本種だと思って間違いないでしょう。

 本種は夜行性ですが、日中、巣穴から出て木の枝で休んでいる姿を目撃されることがあります。幹に太陽の直射光があたると、多分、巣穴の中では暑すぎて眠れないのでしょう。巣穴は木に出来た空洞や裂け目で、出入口は1つとは限りません。例えば私のような観察者がいると、警戒しているのか、正面の穴を避けて別の穴から出て、幹の裏側を登ったり、見えにくい枝の付け根の穴から出たりします。普段は、夕方暗くなってから採餌に出かけます。しかし、日没前後の明るい時間でも巣穴を出ることも良くあることです。直前には出口から頻繁に顔をのぞかせ、外の様子をうかがったりします。外敵がいなく安全だと分かると、ようやく穴から出て、幹を一気に駆け上がり、梢の先まで登り切り、やおらに空中へ飛び出します。ヒヨケザルがやるように、幹の途中で飛び出すことはありません。

熟した果実を探して枝から枝を移動。

熟した果実を探して枝から枝を移動。

 1つの巣穴に1頭から5頭くらい一緒にいるのが普通です。しかし、採餌に出る時、一斉に出発するわけではなく、普通、5から15分くらいの間隔を開けているし、飛び立つ方向も一定していません。安全であれば、巣穴は何年にもわたって利用されます。

 滑空は200メートルも離れた木まで届き、さらに遠方へ出かける時は、着いた幹を登り、改めて滑空を繰り返します。観察中、滑空で目的の木に届かなかったことがあり、もの凄い音とともにブッシュにぶつかりました。しかし、ケガもなかった様子で、ピョコピョコと地上を走り、近くの木に取り付きました。

 果実が結実している木では1頭のみならず、数頭が一緒にいます。私はナガクビタマバナノキで同時に6頭を観察したことがあります。ナガクビタマバナノキは、パランカヤンとも呼ばれる木で、一見プラタナスに似た果実を付けます。果実さえあれば、同じ木で毎晩観察することが出来ます。食べ物は軟らかい果実の他、堅果、若い葉や茎、花などです。

 

和名   オオアカムササビ
学名   Petaurista petaurista
英名   Red Giant Flying Squirrel

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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