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熱帯雨林のどうぶつたち
Vol.2 イリエワニ

2011.4.24

ナイトクルージングとは、夜間、大きな川や支流をボートで走り、ワニやウオミミズク、岸辺を歩くイノシシ、ヤマネコ、ヘビなどを観察するツアーです。 2009年9月のことです。午後10時にスカウ村を発って、キナバタンガン川の支流ムナンゴール川へ向かいました。日中はテングザルが多く見られ、ワニが多いことでも知られる川です。 動物との遭遇を期待して、ゆっくり遡っていくのですが、小枝で眠るコウハシショウビンが見られただけです。たっぷり2時間かけたのに何も現れません。

少し落胆して帰路に就いた直後です。「ワニだ」。突然、船頭が叫びました。見ると20メートル先の水面に、何やら塊があります。ライトに照らされて白っぽく見えているのですが、ワニとは思えません。船頭がエンジンを止め、ライトも動かそうとしないので、私は、それが何なのか、カメラの望遠レンズを通して見てみました。どうでしょう。それは大きく膨らんだ動物のおなかでした。と同時に、すぐ脇にある橙色の光に気づきました。ライトを反射したワニの目です。しかも、動物の死体の両側に1頭ずつ。 さらに近づくと、ワニは音も立てずに水面下に潜ってしまいました。死体はヒゲイノシシでした。かなり大きな個体です。おそらく、川辺に水を飲みに来たところをワニに襲われたのでしょう。たった今しがた、10分か20分前のことです。先ほど通ったときは、まだ無かったし、イノシシの体も食いちぎられていません。 少し小さめのワニは、ごちそうのおこぼれにあずかろうとしたのでしょう。写真に写った1頭は、頭だけで80センチメートルもある大物でした。おそらく、こいつがイノシシを襲ったのに違いありません。 私は現場の生々しさに驚きましたが、ボートに乗っている限り心配はいりません。たとえ夜であっても、ボートをひっくり返してまでして人を襲うことはありません。

ボルネオ島にはイリエワニとマレーガビアルの2種類のワニがいます。しかし、ふだん見かけるのは、ほとんどすべてイリエワニです。マレーガビアルは希少種ですし、私も動物園で見たことがあるだけです。 世界全体では、ワニは20数種。ガビアル科、アリゲーター科、クロコダイル科の3つに大別されます。ヨウスコウワニやミシシッピーワニ、メガネカイマンはアリゲーターの仲間。イリエワニをはじめ、ナイルワニ、ヌマワニ、アメリカワニ、マレーガビアルはクロコダイルの仲間です。 イリエワニは、インドから中国亜熱帯地域、マレーシア半島、フィリピン、ボルネオ、ニューギニア、オーストラリア北部にまで分布し、池沼や大きな川、塩分を含んだ水域でも見られます。しばしば岸を離れて海に出ることも知られています。ただ臆病な性質で、ボートのエンジン音がするとすぐに水面下に潜ってしまいます。ですから、近くでじっくり観察するというわけにはいきません。しかし、これは人が乱獲を続けて数が減り、しかも、ワニが「人間は危険な存在だ」と覚えてしまったためかもしれません。40~50年前は、キナバタンガン川やカリマンタンのマハカム川の下流では、干潟の上に丸太のように並んだたくさんのワニが見られたそうです。

ワニは浮かんでいても、わずかに目と鼻を水面上に出すだけで、体のほとんどは水中です。ですから、泳いでいるときはなかなか見つかりません。さらに、岸に上がって甲羅干しをしている時でも、注意していないと打ち上げられた流木にしか見えません。 ワニは、胃の中に石を入れるというおもしろい習性をもっています。これは、体の安定を保つためです。石は体の重心より下のところにあり、肺の浮力と釣り合っています。5メートルを超すワニでは2~3キログラムもの石が入っているそうです。 生まれてから1年はカエル、やご、カニや小魚などを食べています。成長すると、それだけでは食欲を満たすことができなくなり、貝類や大きな魚類も食べるようになります。岸辺に来た哺乳類や鳥類までも捕らえて食べます。 サバ州では分かっているだけで、年間2人くらいがワニに襲われて命を落としています。サバ州の人たちは「ワニはマレーシア人を食べない」と、半ば真剣に話します。確かに、被害者のほとんどはアブラヤシ農園などで働くインドネシア人です。彼らはティモールやスラウェシの農村からの出稼ぎ労働者で、ワニのことをほとんど知っていません。そういう人たちが夜、水浴びをしたり、非番のときに釣りをしていてワニに襲われているようです。 おとぎ話「いなばのしろ白うさぎ兔」の元と考えられる話があります。ただし主人公はインドネシアではマメジカ。マレーシアではカニクイザルになっています。対岸に行きたいばかりに、うそを言ってワニを並ばせたのは良かったのですが、渡りきる直前に、つい口を滑らせてしまい、ワニに捕らえられてしまいます。日本の話では、おおくにぬしの大国主みこと命に助けられてウサギが改心し、めでたしめでたしとなります。こちらではマメジカもサルも、ワニに食べられてしまいます。「ワニは凶暴」「サルはおろか」という”教え”だそうです。

和名/イリエワニ
学名/Crocodylus porosus
英名/Saltwater Crocodile

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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