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Vol.36 チビオジムヌラ

2013.5.25

ボルネオ島北部にそびえるキナバル山は標高4,093メートル、東アジアの最高峰です。キナバル公園は面積753.7平方キロメートル。1964年、サバ州最初の州立公園としてスタートし、2000年には世界遺産に登録されました。キナバル山の魅力は、単なる登山対象としてではなく、その生物相の豊かさでしょう。ふもとの低地混交フタバガキ林から熱帯高山の山地林まで、標高と共に変化する植物の垂直分布を、テキストを読んでいるかのように理解することが出来ます。

高原野菜の村クンダサンから11キロ、キナバル山の懐に分け入った所にメシラウリゾートがあります。キナバルの穴場と言える標高2,000メートルにある保養地です。朝焼けに映える岩の稜線は、荘厳の一言に尽きます。快適な宿泊施設・レストランがあり、ネイチャーセンターでは動植物の写真や資料の展示が見られます。自然植物園には、最大のウツボカズラであるラジャウツボカズラの群落があり、たくさんのランやコケ、シャクナゲ、ベゴニア、豊かな山地林の観察が出来ます。

メシラウリゾートが開業したのは1990年代後半。当時、私はJICA専門家として3年間コタキナバルに住んでいました。終末をメシラウで過ごすこともあったし、1週間の滞在で調査をすることも度々ありました。メシラウでの哺乳類調査は、私が最初の研究者です。山地性のネズミやリス、ツパイの棲息を確認しました。一方、これだけの標高となると、地上性の中大型動物は少なく、たまにヒゲイノシシとスイロクが見られるくらいでした。

体重50~80グラムの小動物。

「何か動物を見たいな」と、夕方、宿舎のすぐ裏にビールのつまみを置いてみました。それが、朝方すっかりなくなっていました。おそらく夜の間にネズミが来たのでしょう。そこで、再び置いて2時間ばかりしてチェックしたら、それもなくなっていました。夜が明けてからはネズミではなく、リスかツパイ、あるいはスンダルリチョウのような地上でも採餌する鳥かも知れません。そう思って椅子を持ち出し、林の中でじっと待っていました。林床はいつも濡れているので、そのまま座り込むのには抵抗があるのです。

ほどなくやって来たのは、予期せぬ動物、チビオジムヌラでした。動きはかなり敏しょうです。モグラやトガリネズミのイメージからくるもたもたしたものではなく、地上を走るリスやツパイの動きに似ているのです。常に小走りで移動し、何かを見つけたのかポッと止まったりするのですが、1ヶ所でじっとすることはほとんどありません。

私の存在にはまったく気付いていません。投げ出した足の上を、トコトコと乗り越えたりするのです。あまりにも近すぎて望遠レンズでは焦点が合いません。その気になれば、掴み取ることも出来そうです。ポッチャリした可愛らしい動物です。フワーッとした感じはありませんが、毛は柔らかくビロード生地のような印象でした。

棲息地の熱帯山地林。後方はキナバル山塊。

チビオジムヌラは中国南部の亜熱帯域、ミャンマー東部、インドシナ半島、タイ、マレー半島、スマトラ、ジャワに分布。ボルネオ島ではサラワク州のムル山、ケラビット高原(1,190m以上)、サバ州のキナバル山(1,200~3,350m)、トゥルスマディ山で棲息が知られていますが、いずれも標高のある山地帯です。私は、トゥルスマディ山では標高1650メートル地点で写真撮影をしています。

主に日中、山地林の林床で活動します。キナバル山の標高2,000メートルに自動カメラを設置したことがありました。写真には時刻も記録されます。結果を見ると、早朝から午前10時頃までと夕方遅くなってから、もっとも活発に動き回っていました。一方、夜間にも活動していることは確かです。19時以降、調査用に仕掛けた「かごワナ」に掛かっているし、自動カメラにも写っています。

山地林はもともと高湿度な環境ですが、そんな林内の下草が茂る所が本来の生活域です。森林から出ることはほとんどないのですが、木には登りません。

主な食べ物は、かつて食虫類と総称されていたモグラ、トガリネズミ、ハリネズミの仲間と同様、地上や落葉に潜む昆虫やミミズなどと考えられます。しかし、直接観察の時、私が餌として準備したピーナツ、コンビーフ、ソーセージ、チーズ、さきイカ、柿の種(菓子)も、すべて食べました。おそらく落下した果実や野イチゴなども食べているのでしょう。食べ物を見つけると、口にくわえて、木の根など物陰へ行って食べます。

昼夜ともに活動する。

チビオジムヌラは、頭胴長11.6から15センチ、一見ジネズミやトガリネズミを大きくしたような動物です。しかし、尾は極端に短く1から2.4センチ。しかも、尾はネズミのように毛がありません。ずんぐりした体つきと尾の特徴から、マレーシアとインドネシアでは「ティクス・バビ(ブタネズミ)」と呼んでいます。学名のHylomys(森のネズミ)suillus(ブタ)も、まったく同じ意味を持っています。体重は50から80グラム。歯の総数は44本で、イノシシと同様、有袋類以外の哺乳類では最多です。

背面は基部が灰色の暗褐色の毛で覆われ、外観は赤さびた褐色になります。毛は柔らかく密に生えていて、触ってみるとスベスベした感じです。腹面は灰色です。ボルネオ島にも棲息する同じハリネズミ科のジムヌラと同様、悪臭をしています。

ジャワ島で3頭の胎児を持ったメスの個体が確認されていますが、おそらく一年を通して繁殖するものと考えられています。

 

和名 /チビオジムヌラ
学名 / Hylomys suillus
英名 / Lesser Gymnure

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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