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Vol.42 テナガザル

2013.11.25

 ブキット・スハルト。インドネシア東カリマンタン州バリクパパンの北に広がる保護林です。私はここで長らく生活していました。町から離れて、たった一人の毎日。しかし、カリマンタンの森は刺激に満ちています。

 ウーワッ、ウーワッ、ウワッ、ワッ、ワッ、ワッ、・・・・・・。午前5時半。周囲はまだ暗いのですが、深い霧を通してテナガザルの声が伝わってきます。

 6時。霧はまだまだ消えないのですが、あかね色の空を背景に尾根の木々が黒いシルエットとなって浮かび上がります。陽が昇りつつあるようです。

 ウワウワ、ウワウワ、ウワウワウワウワ。テナガザルの声は激しく山全体から響いてきます。その頃になると、鳥たちもいっせいにさえずりを始めます。それは、これから始まる一日への大序曲のようでした。

ミューラーテナガザルの母子。

 テナガザルは樹上生活にもっとも長けたサルです。足の長さは胴の1.5倍で他の類人猿と変わりません。しかし、腕は胴の2.4倍もあり、枝渡りと呼ばれる独特の移動の仕方をします。足を使わずに左右の腕を交互に出して、枝にぶら下がりながら進む方法です。

 枝渡りの際、体は腕ふりの手が変わるたびに180度回転します。すなわち右腕を前方に伸ばした状態のとき、体は左を向き、左腕を伸ばした時はその逆になります。

 離れた枝へ移る時や、他の木へ跳び移る動きを見ても、後ろ足でけって移動するのではなく、枝渡りしていることが分かります。素早い腕ふりで体を投げ出すようにして空中に飛び出し、目的の枝を掴むのです。これに対して、カニクイザル、リーフモンキー、テングザルなどは伝い歩きやジャンプなど、足に主体を置いた移動方法をとっています。

 テナガザルは普通、地上には降りません。しかし、伐採や林道によって森林が途切れている場所では、やむを得ず地上を歩きます。二本足で直立し、腕を両側に上げて曲げ、手を肩くらいの高さにして、ちょこちょこ歩きます。偶然人に出くわしたりすると、手を上げたまま一瞬立ち止まりますが、次の瞬間には思い切り前傾の姿勢で林内へ逃げ去り、素早く木によじ登ります。

ヒガシボルネオハイイロテナガザル。

 ボルネオ島のテナガザルは、最新の分類で2種類から4種類に変わりました。

まず、島の南西部にはシロヒゲテナガザルが分布します。インドネシア西カリマンタン州のカプアス川と、中央カリマンタン州のバリト川で区切られる地域です。以前はスマトラ、マレーシア半島に分布するアジルテナガザルと同種とされていましたが、新たに独立種の扱いになりました。

 前種の分布域を除くボルネオ島全域に分布するテナガザルは、これまではミューラーテナガザル1種類でしたが、新しく3種類に分類されました。鳴き声にも違いがあるはずです。しかし、鳴き声に関する論文などは今のところ見当たりません。

 まず、新たなミューラーテナガザルは東カリマンタン州のマハカム川と南カリマンタン州のバリト川で区切られる島の南東部に分布しています。この地域は、地史的にはボルネオ島と離れた島であった時代があり、他の地域と若干異なった生物相をしています。例えばオランウータンは、ボルネオ島全域に棲息していましたが、この地域には記録がありません。

 アボットハイイロテナガザルはマレーシアサラワク州のほぼ全域からインドネシア西カリマンタン州のカプアス川北岸まで分布しています。

 ヒガシボルネオハイイロテナガザルは、マレーシアサバ州全域、ブルネイ、マハカム川以北の東カリマンタン州全域と、最も広い分布域を持っています。

 しかし、これらの3種類は大変良く似ています。体重はオス、メスとも5~7キログラム。体は明るい灰褐色や黒褐色、眉の部分が幅広い白帯を描いていることなどが共通しています。個体による体色の変異が多く、白帯が顔をぐるりと巡っている個体も普通に観察されます。さらに分布境界域では、どちらとも判断できない体色をしたものもいます。

枝渡りと呼ばれるテナガザルの移動方法。

 シロヒゲテナガザルも、大きさ、体色とも他の3種類に良く似ています。ただ、名前にあるように、頬からあごの部分は広く白い毛で覆われています。

 食べ物はあらゆる種類の果実です。特に種類が多く、また終年実っているイチジク類は重要な食べ物です。それでも果実が不足する季節には若い葉や芽、花なども食べています。昆虫類も食べていますが、それほど多くはないようです。

 ボルネオの朝は、どこへ行っても深い霧に包まれています。東カリマンタンのブキットスハルト、ブルネイのウルテンブロン、サバのクロッカー山脈、ダヌムバレー、キナバタンガン川、タビン、・・・。私が過ごしたすべての土地がそうでした。

 ボルネオの森は午前6時、突然に夜が明けます。太陽が直線的に昇るのです。10分前にはライトなしでは歩けません。しかし、深い霧は8時頃まで続きます。そして、ようやく顔を出した太陽は、すぐさま強烈に照り輝くのです。熱帯ならではの朝です。

 ところが5年ほど前から深い霧の朝が少なくなりました。特にキナバタンガンのような川沿いは、それが顕著です。「温暖化が原因」などと、安易に言うつもりはありません。ただ、霧の無い朝は「今日」という新しいページを開けないようで、物寂しく感じます。

 

和名 /シロヒゲテナガザル  学名 / Hylobates albibarbis
英名 / Bornean White-bearded Gibbon

和名 /ミューラーテナガザル  学名 / Hylobates muelleri
英名 / Muller’s Gibbon

和名 /アボットハイイロテナガザル 学名 / Hylobates abbotii
英名 / Abbott’s Gray Gibbon

和名 /ヒガシボルネオハイイロテナガザル 学名 / Hylobates funereus
英名 / East Bornean Gray Gibbon

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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